トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

大企業の変革に関して

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2020年03月09日号のJR貨物の記事を読んで改めて企業変革に関して考えさせられた。

 

この記事は旧国鉄時代の「お荷物」部門であり、特に20年以上にわたって慢性的な赤字であった鉄道事業を抱えていた同社が元日本郵船副社長の石田会長のリーダーシップの元で企業変革を推敲し収益性を大きく改善した話をまとめている。この記事を読んで改めて考えさせられたこととして、大企業の場合は変革のアプローチに一定のパターンが観察される、ということである。一言でいうならば極めて「漢方的」であるのである。

 

これは以前に紹介した小森哲郎氏の著書である「会社を立て直す仕事」でも感じられる。小森氏は新卒でマッキンゼー に入社しパートナーを務めた後にアスキーカネボウ(のちのクラシエHD)のターンアラウンドをしたことで知られており、同書でもこの二社で行った変革に付いて説明しており、その中でもスタートアップ的で事業もシンプルであったアスキーは課題を利益貢献度の大きい順に個別撃破していったのに対して、クラシエでは数多くの施策をうちやはり「漢方的」に変革していったのが分かる。特に同書では二社の対比からそれがより明確に伝わるのである。

 

これまでは「漢方的」という感覚的な表現をしたが、より具体的には基本的な施策群を積み上げて変革を実施しているのである。言い換えると大胆な施策はなく、一つ一つの施策は常識的なものなのである。2社の取り組みについて少し具体的に述べてみよう。

 

JR貨物の場合、記事で語られている活動としては以下が挙げられる。

 

●幹部合宿の実施とクロスファンクショナルチームの設立
●路線別の収支の可視化(従来は本社のみにしか開示されていなかった)
●収益責任および権限を支社に委譲し、支社での改善施策の主導を促進
●新卒採用を辞め業界外の営業経験者を採用・手法を全社に共有

 

特に大きかったのは3番目である模様である。例えばある路線の復路の積載率が著しく低かった中、復路の経由地を変更する事で大きく積載率が向上させる施策やライバル同士であったアサヒビールキリンビールの共同輸送を実現することでやはり積載率を向上させ、結果的に40億円(全社の営業利益は100億円前後)改善したようである。

 

この記事の情報だけを読む限り、一見、施策そのものは極めてオーソドックスに移るのである。セクショナリズムを排除するためのクロスファンクショナルチームは20年以上前のゴーン改革で有名になった手法であるし、細かな粒度での収益性の可視化と管理は常識である。また物流業界において積載率の向上はやはり基本中の基本である。

 

カネボウ(現クラシエ)の変革も基本的な施策であり、またJR貨物とも共通するものが多い。施策の骨子は以下であった模様である。
●売上重視から収益重視に管理を転換
●業績を細かな粒度で可視化
●各事業が自律的に活動するグループ連邦制に移行。ただしシナジーは担保
●製品別、コスト項目別、地域別などの切り口で収益性改善を検討

 

上記は「ドリーム100」というプロジェクト名で推進されたことも象徴的である。この意味するところは「2年間のうちに全体で100個程度の改善プロジェクトが行われれば、我々の夢がきっと実現するだろう」というものである。

 

いずれの場合も一つ一つの施策はビジネスの教科書的な本を読めば必ず語られる常識的なものである。しかし個別の施策が当たり前であるからといって、それらの集合体である企業変革も当たり前にできるかというとこれは私は違うと考えている。一つ一つの施策を実行することだけであればさほど難しいものではないかもしれない。しかしこれらの活動を束ね変革全体をオーケストレーションすることには高度なインテリジェンスが必要であると考えられる。

 

施策を実施するにしてもそれが膨大な数あるとすると必ず順番論が発生する。幹部合宿が当たり前だとしてもいつのタイミングでやるべきなのか、どのタイミングで施策を承認・実行するのか、組織や評価方法はどの時点で変更するのか、などである。そして施策の数が増えれば増えるほど複雑性は増す。特に質的に異なる施策(例:評価やチーム組成といった組織的な施策、個別の収益性改善施策といった事業的な施策)が同時並行的に走ると施策間での連関を考えなければならずそれは決して簡単なことではない。加えてオーケストレーションには組織、特にキーパーソンのモチベーションの向上や改革へのモメンタムの醸成なども考える必要がある。

 

大企業は文字通り組織が大きい。そのために特定の事業上の施策だけで改善することはなく、結局のところは業績を大きく改善するためには常識的な施策を一つ一つ点検し、それを地道に積み重ねていくことが必要なのだろう。大企業、特にクラシエJR貨物などの歴史の長い企業であれば、知らず知らずのうちに無駄が蓄積されて漫然としかし確実に収益性が蝕まれる運命にあるといっても過言ではない。だからこそ数多くの基本的な施策を組織全体で断行する必要があるのである。そしてそれは一人ないしは少数の人間で不可能であり多くの人たちを巻き込んで実施する必要があるために「漢方的」になるのであろう。

 

もちろん全ての企業変革がオペレーショナルな施策群とそのオーケストレーションを戦略的に実施することで達成できるとは言わない。ターンアラウンドマネージャーとして著名な三枝匡氏はミスミグループ本社で上述のような基本的な施策に加えて商社からメーカーへと転換するという戦略を採り実際に製造会社の買収を実施している。逆に企業変革の一環としてファブレスした会社もあるだろう。戦略的な市場を変更した例もいくらでも存在する。そのため「漢方的」アプローチだけが企業変革であるとは言えないが、少なくとも一つの典型的な定石であるとは言えるだろう。特に大企業であればすぐに戦略転換をしてそれだけで1-2年で業績が大きく改善することは規模に鑑みると難しく、戦略転換を伴う場合であってもオペレーショナルな施策群は必須だろう。

 

もし上記が仮に大企業における企業変革の一つの定石であるとするならば、企業変革をリーダーは業界あるいは機能の専門家である必要はないことを示唆していると言えるだろう。業界知見よりもむしろ企業変革のオーケストレーションに知見を持っていることの方が遥かに重要であると考えられる。実際に小森氏やミスミグループ本社の三枝氏が複数の異なる業界で企業変革を実現できたこともそれを示していると見ることもできる筈である。(二人ともコンサルティングファーム 出身である点もまた業界知見ではないところで勝負している、と見ることもできるかもしれない。)無論、両氏は日本の企業変革の世界におけるスーパースターであり、これら二名の経歴や活動から一般化することはできないだろう。しかしこれまでの考察からも企業変革をリードするのに必要なのはオーケストレーションに関する知見である、ということは少なくとも一つの理屈としては成り立つとは言えるだろう。個別の施策が基本的であってもそれを常識と軽く見てはならず、企業変革の根底にはオーケストレーションという見え辛い概念を通奏低音で流れていることを理解しなければならないのである。

 

二社の企業変革を読んでこのようなことを考えさせられた。