トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

電卓と紙とテキストエディタ

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思考のための道具に関して。

 

私は数字が求められるプロジェクトではチームメンバーに対して電卓を手元に置いておくことを強く推奨している。もちろん手元におくことが大事なのではなく、必要に応じて電卓を実際に叩く習慣が本質ではある。例えば事業計画策定のプロジェクトにおいて、施策の重要度を議論する際には各施策の利益貢献をざっくりと計算することが求められるような場面がある。このような議論においてはスピードが重要でありエクセルを立ち上げるのでは議論に追いつかない。一方で暗算するには(普通の人には)やや難しい、といった状況では電卓が最も効果を発揮する。

 

だたこのようなとき、私はスマホでは絶対にダメだと考えている。理由はエクセルと同様に議論のスピードにスマホ電卓が追いつかないためである。実際に試してみればわかるが、高速で議論をしているときは電卓とスマホでは明らかにスピードが異なる。スマホだと打ち間違いの発生確率は各段に多くなり結果として議論にならないのである。これは一見些末なものに聞こえるかもしれないし、もちろん上述の通り大事なのは議論の中で数字を検算したり定量的に議論することではあるが、議論のスピードと出力のスピードが一致していることは想像している以上に大事なのである。

 

同様にiPadなどのメモ用紙と紙を用いた思考も異なる。記録装置ではなく思考装置として紙を用いる場合は電子ペーパーではなく物理的な紙の方がはるかに優れている。これも思考と出力のスピードが一致しているためである。例えばある紙には何らかの概念図を書き、さらに別の紙にはその中の構成要素の詳細図を書いた場合には紙だと二枚を並べて比較できる。電子ペーパーでもアプリによっては不可能ではないだろうが、それでは数秒以上の差が生じる。しかしおそらく人間の思考には最適な速度というものがあり数秒という一見短い時間であっても最適速度よりもタイムラグが生じる場合は雑念が生まれて結果的に思考が集中しなくなるのである。そのため思考装置として紙を用いるならば、物理的な紙やホワイトボードが圧倒的に優れているのである。

 

一方で言語的な思考をする場合はテキストエディタの方がはるかに紙よりも優れていると思っている。私は提案書を書いたり何らかの資料の構成を考えたりするときはテキストエディタで論点を書いたり、あるいはキーメッセージを書いたりする。これは手書きだと明らかに遅くまた修正も利かず、結果として思考にペンが追い付かないのである。一方でテキストエディタであれば修正や順番の入れ替えなどが簡単なため思考と出力が概ね一致するのである。(音声入力がさらに発達すればおそらくテキストエディタ+音声入力が最適ではあるとは思う。)

 

考えることを生業としているのであれば必ず思考と出力の速度についてはこだわりを持つべきだと私は思っているのである。