トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

経営コンサルティングの専門性

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新卒で経営コンサルティングファームに入社した人、あるいは新卒ではなくても3−7年程度大企業でさまざまな業務に従事した人の一定の割合の人は「専門性」を持っていないことにある種のコンプレックスのようなものを持ち、「〜の実務」といった類の本を読み始めたりして「専門性」を身につけようとするのである。私自身もそれに近いことをしようとした時期もある。もちろん何らかの実務を知っていることで経営コンサルティングにおいて役立つこともないわけではない。しかし私はこれは基本的には悪手であると思っている。本エントリでは経営コンサルティングの「専門性問題」に対する私自身の考え方を述べていきたい。

 

経営コンサルティングファーム (ここではマッキンゼー やBCG、ベイン、あるいはATカーニーなどのファームを想定)に対して「専門性はあるか?」と問い合わせたら、間違いなく「当社はあらゆる業界・機能に対する深い知見(すなわち専門性)を有しており、クライアント企業に対して専門性に裏打ちされた最適なアドバイザリーを提供する」と公式には答えるだろう。各ファームのホームページを見れば、大手のファームであればいずれも「専門的な知見」を有していることをこれまでかとばかりに述べている。つまり経営コンサルティングファームに「専門性」はあるか、という問いに対しては「専門性はある」というのが答えなのである。そしてこれは決して誇張ではないと思っている。

 

しかしこの「専門性」ということを考える上ではいくつかの留意点がある。まずはファームとして「専門性」を有している、ということには注意が必要である。特にここ10-15年くらいでかなり経営コンサルティングファームは様変わりしており、大半のファームは「専門性」なくしては最良のアドバイザリーは提供できないと考えており、そのために「専門性」に対する投資を行ってきていると私は認識している。しかしこれはあくまでもファーム単位の話であり、一人のコンサルタント(パートナーであってもノン・パートナーであっても)の話ではない点にまずは留意が必要である。当たり前ではあるが一人の人間が深められる知見には限界があり、常にその人が持つ知見にドンピシャの依頼が来るわけではない。むしろドンピシャの依頼などまずない。そのため現代のコンサルティングファームの基本的の動き方はチームを組んで「専門性」を組み合わせて価値あるアドバイザリーを提供することにあるのである。ここでいうチームというのはいうまでもなくアナリスト〜パートナーまでのチームのことではなく、プリンシパル・パートナークラスでのチームのことである。このようにチームを組むことでファームとしてのシナジーを生み出すことで、単なる「個人商店の寄せ集め」以上の価値を生み出すのである。

 

これは言い換えるとチームとしては「専門性」を持っていてもコンサルタント一人一人は必ずしも当該プロジェクトのテーマに関する「専門性」を全て持ち合わせていない、とも言える。例えば工作機業界の海外販売戦略を立案するのであれば大きくは業界に関する知見とセールス&マーケティングという機能に関する知見は求められるし、また機能の中でも当該地域における知見が求められる。また業界知見の中でも当該クライアント内部のことを理解している必要もある。これらのテーマを全て一人のコンサルタントでカバーできることはないためチームを組むのであり、このチームの中には「当該地域の販売戦略」の知見は有していても、当該クライアントのことはあまり詳しくないコンサルタントもいるかもしれないし、その逆のコンサルタントもいるだろう。私自身も提案の中で場合によっては「私はXXXXという機能に関しては相応の知見を有していますが、XXXXという業界に関しては全くの素人です」と明確に言うこともある。(もちろん続けて「XXXXという業界に関する知見は別のXXXXが担保します」と述べる。)クライアント企業としてもそれで問題ないのである。

 

チームとして「専門性」を担保する、ということに加えてもう一つの留意点としてここで述べる「専門性」とはあくまで「経営コンサルティングにおける」業界なり機能の「専門性」のことである。必ずしも当該業界なり機能に従事し続けて得られる「専門性」とは同じとは限らないのである。むしろ当該業界や機能に従事して得られる「専門性」と経営コンサルティングという文脈における業界や機能の「専門性」が同じであれば経営コンサルティングファームの「専門性」にはほぼ価値がないだろう。経営コンサルティングファームは当たり前だが経営のコンサルティングをすることを生業としているのであり「専門性」も経営コンサルティングにおけるものなのである。見方を変えると当該業界や機能に深い知見がある人が経営コンサルタントとして価値を出せるかと言われれば必ずしも出せるとは限らず、逆に経営コンサルティングにおける「専門性」を有している経営コンサルタントが当該事業を担って価値を出せるかと言われればその限りでもない。業界・機能に従事をすることと経営コンサルティングに従事することは同じではないのである。(もちろん大企業の元CEOクラスが外部アドバイザーとして価値あるアドバイザリーを提供することもある。ただしこれも現代の経営コンサルティングファームが提供するアドバイザリーとは性質が異なる。)

 

結局のところ経営コンサルタントが持っている、ないし持つべき「専門性」は経営コンサルティングという文脈における「専門性」なのである。そのため業界・機能に従事した人からすると当たり前のことでも中には当該業界・機能に「専門性」を持った経営コンサルタントは知らないということも場合によってはあるのである。特に実務よりのことで知らないことはあったりする。しかしこれは決して経営コンサルタントに「専門性」がないのではなく、経営コンサルティングにおいては必ずしも必要ではない知識なのである。経営コンサルタントが有している「専門性」は経営者に対するアドバイザリーを提供するにあたって当該業界・機能をどのように解釈するのか、あるいはどのような経営上の論点が浮かび上がるのか、それを経営者としてはどのような解を出すべきなのか、といったことに対するものなのである。これは当該業界・機能に従事していても必ずしも身につくものではない。あくまでも経営コンサルティングを通じて身につくものなのである。

 

もちろんコンサルティングファームの中には当該業界・機能に長く従事して得られた「専門性」を持っておりそれを経営コンサルタントとしての「専門性」に変換してアドバイザリーを行っている人もいる。コンサルタントは大別するとジェネラリスト型とエキスパート型に分かれ、前者は(得意な業界・機能は持っているものの)どちらかというとクライアント企業の文脈を理解しているタイプのコンサルタントであり、後者は経営コンサルティングファームに入る前に業界・機能の経験が長いコンサルタントである。日本ではどのファームもまだジェネラリスト型が多いが、より経営コンサルティング業界が発達した国ではエキスパート型が日本よりもはるかに高い。

 

このように経営コンサルタントの「専門性」を捉えたとすると経営コンサルタントは「専門性」を磨くためには何をするべきだろうか?ジェネラリストトラックのコンサルタントであれば少なくともプリンシパルくらいまでは「〜の実務」といった類の知識はほとんど身につけなくていいと思っている。もちろんオペレーション改善などをテーマとした個別プロジェクトにおいては場合によってはある程度実務的なことも理解するべきである。しかしこれはあくまでもコンサルティングサービスを提供するうえでアソシエイト(ここではノンパートナーの意味)が知っておくべき最低限の知識という位置付けであり、間違ってもそれが付加価値の源泉であると思うべきではない。実務を担っているクライアント企業に実務の専門性で上回ることは論理的には不可能なのである。また現実的にアソシエイトがせっかく「専門性」を身につけても当該業界・機能を再び手がけることはないかもしれないのである。そのため、業界や機能が定まらないうちは経営コンサルティングにおける「専門性」を身につけることを主眼に置くべきであると思っている。

 

しかし幸か不幸か経営コンサルティングの「専門性」というものはなかなか身につかないと私は思っている。少なくともそれらがまとまった本などはあまり存在しない。(そしてこれはいちコンサルタントとしては幸いなことだと思っている。もしもこれが本などで完璧にまとまっていたとしたら私の商売は上がったりである。)そのため出来ることといえば、
①ビジネスの常識を身につける
②経営課題という文脈で情報に触れる
③経営課題に関して自分なりの見解を構築する
ことであると思っている。

 

一つ目は日経ビジネスなどをしっかりと読むことなどが挙げられる。私自身は20歳のころからほぼ欠かさず日経ビジネスは7割方は読んできたし、今でも印象に残っている記事であれば22歳くらいの頃に読んだ記事をある程度思い出すこともできる。少なくともこのようなことを続けていればビジネスの常識は身につくだろう。二つ目は大事なことはアンテナの貼り方である。経営者の本を読むのでも講演を聞くのでもいいしネット記事を読むのでもいいだろう。大事なのは企業や経営者はどのような経営課題に直面し、それらをどのように解決したきたのか、というレンズで情報を見ることである。そして最も大事なのは三つ目だろう。①、②はあくまでも知識であるが、それよりも考える力を身につけることの方がはるかに大事なのである。有名な話ではあるが大前研一氏は通勤中の電車で企業の広告を探しその企業の課題を考えるという訓練を毎日続けたと述べている。このように自分なりの見解を身につけることが何よりも大事なのである。これはもちろん、いうまでもなくこれはロジカルシンキングといった思考術の本を読むことではない。(もちろん一度は読んでおくべきではあるが。)

 

以上はアナリストからマネージャーくらいまでであるが、マネージャーからプリンシパルくらいになると少し話が変わってくると思っている。これくらいの職位になるとジェネラリストトラックのコンサルタントであってもある程度業界と機能それぞれで一定の「専門性」を持つことが求められる。そのためそれまでのような経営課題全般に関する見方を身につけるだけでなく業界・機能に関する知見を意識的ー戦略的にといってもいいかもしれないーに身につけるべきである。ここでもあくまでも経営コンサルティングにおける「専門性」であるので実務などの知識は原則としては必要ではないが、それでもアソシエイトの頃よりはもう少し細かい知識も身につけることを意識するべきだろう。

 

少し長くなったが経営コンサルティングに従事しているのであれば「専門性」に関しては以上のことを意識するといいのではないかと思っている。