トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

コンサルティングファームの活用

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ソースは不明だが日本のコンサルティング業界の市場規模とGDPの比率は先進国平均の1/6程度とのことである。ソースが判らないため、何とも言えないが体感値としてはコンサルティング業界が成熟しているアメリカやイギリス、ドイツなどと比べて日本の業界浸透度は著しく低いことは間違いないだろう。

 

コンサルティングファームを「使い慣れた」欧米の経営者とそうでない日本の経営者を比べると結局のところは差は下記の3点なのではないかと考えている。
コンサルティングファームに対する信頼の差
②権限の集中度の差
③経済合理性以外の判断軸の有無

 

①はコンサルティングファームにも責任があることだろう。欧米の多くの大企業ではコンサルティングファームと何回も働いているために、コンサルタントはどのような価値を出すのかを理解している。そして価値が出せると思っている領域に関してはコンサルティングファームを信頼しているように見える。一方でコンサルティングファームの浸透度が低い日本においてはそもそもどのようにコンサルティングファームを活用すればいいのかが見えていないために、金額だけ見ると高額なコンサルティングフィーに躊躇している、という面があるように見える。(また現実問題として長期にわたってコンサルティングファームとクライアント企業が協業しないと双方がお互いのことを理解できず、結果として価値が生まれにくいという面はある。)

 

②に関して。コンサルティングファームに仕事を依頼する場合、ある程度クライアント組織内での調整が必要になる。このときプロジェクトの最終責任者であるシニアクライアントに権限が集中していれば「コンサルティングファームを使うので協力してほしい」という通達と要請で済むところが、権限が分散している組織だとさまざまな調整が生じその過程でプロジェクトの実施が見送られることもあるように見える。

 

③に関して。これは特に実感することであるが欧米のコンサルティングファームを使い慣れている企業であれば「コンサルティングプロジェクトを立ち上げるとその成果はXX億円程度、一方で費用はXX億円ならば十分に元は取れる」といった経済性のみで判断している印象である。(概ね報酬の3-10倍であればゴーサインを出す印象である。)それに対して経済合理性以外の判断軸が存在している場合が日本の大企業には多くあるように見える。例えば「外部に仕事を依頼するのは恥であり自分の無能さの証明」とされているような場合である。これは①のコンサルティングファームに対する信頼や、②の権限とも関連する側面はあるが、それでもコンサルティングの現場での感覚としてはやはり経済性以外の判断軸というものはかなり強く存在している印象ではある。

 

コンサルティングというサービスは究極的には世の中からなくなっても企業にとっては困らない性質のものである。ただ世界的に見てもこれだけ業界として拡大しているということは一定の付加価値を出していることの証左であり、その業界規模が低い日本においてはもっと増える余地はあると思っているし、それに僅かでも貢献できればとこの業界で働く一人の人間としては思っている。