トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

マーケティングと顧客接点と企業価値

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戦略の定義は経営学者の数だけ存在する、と言われているがマーケティングも同様である。人によってかなり定義が異なっており、またこれも戦略同様にビジネスでは何気なく使われているがその定義を訊かれたときには案外と答えに窮してしまう場合も多いような印象もある。もちろん現実的に話すことば全てに厳密な定義を考えていたら行き着く先は哲学にあってしまうが、それでもいくつかの重要な言葉とその裏にある概念に関しては自分なりの定義を持つべきだと思っているし、私はそのようにしているつもりである。

 

少し前置きが長くなったが、私はマーケティングとは「顧客接点の設計および管理」であると考えている。顧客接点というのは顧客がなんらかの製品・サービスを提供される際に顧客が観測しうる当該製品・サービスに関わる一切の事象のことである。平たくいえば顧客から見えるものである。この顧客接点は私は非常に重要な概念だと考えている。なぜならばそもそも顧客となんらかの接点を持てること自体は極めて貴重な時間であり企業はお金を払ってでも持ちたいようなものであり、その貴重な瞬間は一切無駄にするべきではないのである。全ての顧客接点を最終的には価値創造に繋げなければならないのである。(ここでいう価値創造とは投下資本利益率と資本コストの差分に投下資本を掛けたものである。)

 

ここまでは提供者側の理屈から顧客接点が貴重であるという旨を述べたが、より重要なのは顧客視点である。全ての顧客接点は顧客にとっては理論上は顧客価値に繋がり得るものなのである。ここでいう顧客価値とは文字通り顧客にとっての便益でそれは意識の有無にはよらない。

例えば清涼飲料水を自販機で買うとする。このときの顧客接点は、自動販売機を探す(無意識の場合もある)、自動販売機を見つける、自動販売機に近づく、お金を入れる、商品を選んでボタンを押す、商品を自販機から取り出す、自販機が視界に入らなくなるまで離れる、までの一連の流れである。この流れにおいて顧客にとっての便益は言うまでもなく商品を手に入れたこと(そして喉を潤したこと)だけではない。より正確には企業はそれだけを自分たちの提供する顧客価値であると考えてはならない。そうではなくこの一連の流れにおいて顧客が意識するしないに関わらず全てに接点において何らかの価値を感じられるような設計にしなければならないし、そのように運営しなければならないのである。

 

例えば自動販売機を探した際に視界に入ってきたのがボロボロの自動販売機と小綺麗なそれでは顧客は後者を見たほうがより心地いいだろう。自販機によっては商品のサンプルや広告が日に焼けており見るからに古びたものもあるが顧客によってはこのようなものを見ると負の感情を抱くかもしれない。そして結果として購買に結びつかないかもしれない。しかし上記の定義ではマーケティングを(価値創造を最大化するために)最適化するためにはそのようなことは許されない。あるいは商品購入後に機械的な音声で「ありがとうございました」とスピーカーから流れるのは顧客によってはやはりわずかながらも負の感情を抱くかもしれない。また(最近はほとんど見かけないが)一定の確率でアタリが出る自販機にはある種のゲーム性を感じ楽しむ人もいるかもしれない。このように考えると顧客が(負)便益を感じるのは必ずしも商品を入手することだけではないのである。

 

ここで強調したいのは発想の順番である。顧客接点を設計・管理する際の究極の目的は価値創造を最大化、つまり企業価値を最大化するためではあるものの、そのためにはまずはコストは考えずに顧客価値を最大化することを考え、次に売上とコスト見合いで顧客価値を最適化(最大化することではない)する、という順で考えることである。上記の自販機の例でいえば、ぼろぼろの自販機にするか小綺麗な自販機にするかを考えるのに、どれだけ売上高が伸びるかやコストが発生するのかはまずは一旦忘れ、それぞれの自販機が顧客にとってどのような体験を提供しそれがどのような顧客価値につながるのかを考えるべきなのである。まずは体験というレンズから顧客価値を考え、その上でどれだけ購買につながるのかそのためにどれだけのコストが発生するのかを考えるべきなのであり、あくまでもまずは提供者の理屈ではなく顧客の理屈を分離して考えるべきなのである。この根底には顧客価値を正しく理解しないとそれは最適化できるわけがない、というものがある。

 

顧客接点の設計という意味では全て言語化が必要である。つまりこの顧客接点ではそもそもどのような顧客価値を提供したいのか、それはなぜそのように考えているのか、そのためにはなぜこのような設計になっているのか、といったことを一つ一つ言語化されているべきである。言語化をする事で一つ一つの顧客接点がよりシャープになるとともに、顧客接点間の整合性が捉えやすくなるのである。そのため常に理屈が必要なのである。

 

このような定義でマーケティングを考えるというまでもなくマーケティングの仕事は市場調査や広告宣伝に止まらずに製品開発、営業オペレーション、コーポレートブランドマネジメントなど多岐にわたることが分かる。ただこれは裏返すと顧客接点に直接的に関わらないものはマーケティングではないとも言える。例えば物流や購買、生産などはマーケティングにはならない。これらはあくまでも顧客接点を実現するためのエネーブラー(残念ながら日本語で適した概念がないために英語を使う)であるといえるだろう。

 

以前に紹介した「プロターンアラウンドマネージャー」である小森氏も企業再生におけるマーケティングの重要性を説いている。不振企業はマーケティングと企業の各機能がちぐはぐになっており、再生局面においてはそれらを一気通貫させる必要があると述べている。そしてそれはいわゆるマーケティング部の範疇を超えており、その実現には経営の意思が必要なのである。

 

マーケティングという単語は普段何気なく使われているが顧客接点という切り口からマーケティングを捉えるとさまざまな意味合いが浮かび上がってくると考えている。