トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

300件のエントリを書いて思うこと

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ほぼモノローグ。

 

これまで約10か月にわたって毎日ブログを書いてきており昨日のエントリは300本目であった。改めて振り返るとよくこれだけ書いたな、というのが率直な感想である。

 

一方でこれだけ毎日文章を書くようになると自分なりに文章を書くことの便益というものを体感してくる。いずれも当たり前でよく言われていることではあるが本エントリではそれをまとめていきたい。

 

まず第一は文章を書くことは自分にとっては自己表現であるということである。おそらく人間には ー 少なくとも自分には ー 自己表現をしたいという欲求があるように思える。これは承認欲求とはやや異なりたとえ観客がゼロであったとしても何らかの形で自分を表現することそのものが目的であるように思える。これが人間普遍のものなのか個人によるのかは分からないが、少なくとも自分にとっては文章を書くことは自己表現であり、それをすることそのものがおそらく好きなのだろう。また私自身は文章を書くことを生業とはしていないため、何のコミットメントも制約もなしに好きなことを好きなときに好きなだけ書くことができることはある意味でぜいたくなのだろう。

 

ブログは特段のSEOもしておらず、PV数以外はほぼ読者の顔はほぼ全く見えずたまに虚空に向かって叫んでいるような気分にもなるが、そもそも他者からあまり何らかのリアクションを求めているのではなく、書くことそのものが自己表現となっているために続いているのだろう。言い換えると文章を書くことが自己表現でなければここまで毎日書いていることはなかっただろう。(なお私にとってはエクセルで何かをモデリングしたり分析したりすることもまた自己表現である。これはまたそのうち書いていきたいと思う。)

 

次に考えがまとまっていわゆる引き出しが増えることが便益としては挙げられる。これはよく言われることである。戦略やオペレーションに関する話、特定業界の仮説などの話は文章を書いていなくてもおぼろげながら頭に中にはあるがやはり文章を書くことで思考を言語化することで概念が凝固する。この行為を行っていると仕事などで関連の話題が出てきたときにすぐに小噺を引き出せるため仕事でも直接的に役立つ。

 

加えて新たな概念が生まれやすくなる。私自身は2019年中は毎日エントリを更新することを自分に課しているため常にブログのネタを探している。特に5月以降くらいから「ネタ切れ」になりつつある。「ネタ切れ」というのはそれ以前のように自分の頭の中で既にある程度言語化されているものを文字に落とし込むだけなのでどちらかというと作業に近くあまり頭は使わずにできていた状態ではなくなった、ということである。そのため最近はこれまでかなりぼんやりとしていた、あるいはまだそもそも気づいていなかった概念を強制的に言語化しているエントリを書いていることが多い。これはある意味で「概念凝固化加速器」のような役割を果たし始めたがこれは当初は予想していなかった効果である。

 

ブログにはそれなりの時間は使っている気がしないでもないが上記を踏まえると便益から費用を差し引いた正味便益はプラスになっていると思う。考えを言語化するのが好きな人はこのようなブログを書いてみるのも面白いかもしれない。