トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

思考にこだわりを持つ

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まだ生煮えのエントリ。

 

私自身、思考というものに一定のこだわりを持っているし、頭脳労働をする人であればこだわりは持つべきだと思っている。自分の中でまだこの思考というものが何かを定義できていないが(冒頭に生煮え、と表現したのはこのためである)、少なくともここで述べる思考はいうまでもなくMECEロジカルシンキング、論点思考といった類の話ではない。正確にはそれも思考の一部ではあるが、それはほんのわずかな表層的な構成要素に過ぎないと思っている。またここで述べていることは思考法ではなくあくまでも思考である。

 

よく言われている通り、いわゆる「頭のいい人たち」は「抽象と具体の幅」が広く、またその両端を自由に行き来できる。個別具体的な現象を何段階も抽象化して現象の(ある観点からの)本質を抽出し、その本質を持って概念を構築・展開する。それができるためにはそもそも物事を突き詰めて考え、本質を理解するという姿勢はもちろん必要になるが、同様に思考というものもまた理解して本質を捉える必要がある。そのため思考というものにこだわりを持たなくてはならない。少なくとも思考とは何かを考える姿勢は必要だろう。

 

これはいうは易し、であり私自身、思考とは何かをまだ理解できていない。しかし頭脳労働に従事する以上は思考というものを理解しようとする姿勢は持つべきだし、自分なりの言葉で説明できるようになるべきだと思っている。