トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

ポジティブであれ

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「意識高い」という単語はネットを超えて、一般的に普及した概念となってきている。また最近はインスタグラムに「日常に感謝」などというやたらとポジティブな投稿をする「インスタ女子」もさまざまな形で揶揄されている。

 

「意識高い」人たちが滑稽なのは実力や行動が伴わないのに、身の丈に合わない壮大な目標を語ることにあると思っている。「インスタ女子」が揶揄されるのは表面上は「綺麗なこと」を語っていてもその背景には自己顕示欲や承認欲求が見え隠れすることにあると理解している。

 

どちらもそれ自体は確かに滑稽ではあるものの物事に対してポジティブであることそのものは何であれ良いことだと思っている。何か大きな事を成している人はもちろんのこと、もって身近な人たちであっても付加価値を出している人たちの多くは底抜けて明るくポジティブな人たちが多い。ものごとを否定ではなく肯定から入る、将来を明るく捉える、人を根本では信頼する、などが挙げられる。

 

もちろん常に冷静な視点や健全な批判的精神は常に持っておくべきである。物事が思い通りに行かない前提で物事を考えてそれを回避するため、あるいはそれが発生した時にどのように立て直すかを考えておくべきである。しかし根本では周囲からどのように言われようとも、ものごとを原則としてはポジティブに考えることが大事なのではないだろうか。特に人と一緒に働く場合はそのような姿勢が必要であると思っている。

 

そのような姿勢を取る際、心の底からポジティブに物事を考えられない中でポジティブに振舞う必要はない。それは自分を騙しているに過ぎない。ただ「ポジティブであることは(原則として)いいことである」ということを意識して、いわゆる”Glass half empty”ではなく”Glass half full”の発想で物事を捉える習慣は身につけておくべきだと思っている。

 

他者からなんと揶揄されようと何かを成すにはポジティブである必要があると思っている。