トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

スケールの大きな発想

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思考にはスケールというものは存在すると思っている。(若干異なるが過去の「孫正義のように考えられなかったら」というエントリでもやや関連することを書いている。)これは自分の中でもまだうまく言語化できていないが、物事を大局観をもって考えられることである。これはあくまでも一例だがある会社の事業展開を考えるときに、産業や国家における当該事業の位置付け、時代の大きな流れとの関係性、当該企業のビジョンとの整合性あるいは社史における意味などの視点を持てることである。(これらはあくまでも例であり、ここでは思考のスケールを概念として捉えてほしい。)

 

このような思考はいうまでもなくシニアな人ほど持っている。あくまでも私の少数の例からの私見に過ぎないが、このあたりのスケールの大きな発想をできる人はプロフェッショナルファームのシニアよりも日本の伝統的な大企業の経営者の方が多い印象はある。これは推測に過ぎないが日本を代表するような伝統的な企業であれば日本の戦後の経済を牽引してきたという自負が会社の中にあり、それが幹部クラスでは連綿と伝承されてきているからではないかと考えている。

 

誰ができるかは本論ではないのでこれ以上は述べないが、いずれにせよこのようなスケールの大きな発想は常に視点として持っておくべきであると思っている。コンサルティングファームのジュニアの間はある種の小手先のテクニカルな思考が鍛えられる側面があるため、なかなかこのような大局観を持ちづらい印象がある。(といっても大半の業種は同じではあると推測する。もしかしたら官僚などは異なるかもしれない。)一方でコンサルタントは職業柄、比較的ジュニアなうちでも大局観を持った経営者クラスの人と議論をする機会にも恵まれる。そしてそのときにいつものテクニカルな視点で物事を考えると(それはそれで付加価値になり得ることは否定しないが)、経営者クラスの視座の高さとギャップがあり、話が噛み合わなかったり思考の浅さが露呈され、恥を掻くことがある。恥を搔くことそのものは本質的にはどうでもいいが、視座が低いことによって付加価値を出せないことは問題である。

 

スケールの大きな発想は私自身の中でそもそも上手く言語化されておらず、そのためどのようにすれば身につくかは正直、自分の中ではまだ解はない。ある部分では先天的な要因もあると思っているが、一方である程度は後天的にも習得可能ではあると思っている。明確な解法は見えていないものの少なくともそのような視点は大事であり、かつ身に付けるべきであることは理解している。これは日々、それを意識しながら仕事に臨むしかないと思っているが、それをすることはとても大事なことだと思っている。