トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

物事は全て正しい

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先般書いた汎用性のある概念(価値観)の一つに「あらゆる物事は正しい」ということが挙げられる。これも以前に書いたが、一見どんなに非合理的に見える取引であっても自由市場で取引されている以上は必ず合理性があり、非合理的に見えるならばそれはその取引のことを真に理解していないためと考えるべきである。

 

株価も原則として正しいと考えるべきである。もちろん市場は恐らく完全には効率的ではないため、市場が間違っていて自分が正しい場合間違っており自分の方が正しい場合もあるかもしれないが、基本的に一見割安に映るとしたらそれは割安であり市場が馬鹿と考えるべきではなく、自分が何か見落としていると考えるべきである。

 

私は科学者ではないが恐らく自然科学の解明に務める研究者も同様の考え方をしているのではないかと推測している。つまり「神様が作った世界」には必ずなんらかの法則性が存在するのであり、それを解明しようとしているのが自然科学者ではないかと思っている。

 

またより広く人間の行動も全て合理的であると考えるべきである。一見合理的に説明できない行動も無意識の中では(言語化されていなくても)その人なりの合理性があるはずでありその理解に務めるべきである。

 

私がブログを書くのも、今この文章を書きながらチャーハンを食べているのも、今の職業を選択したのも、あるチャートのある部分に矢印をあるサイズで配置したのも、全てその選択をした時点ではなんらかの合理的な理由があるのである。大事なのはそのような発想であらゆる物事を解明しようという姿勢である。合理的であると信じればそれは言語化ができるはずであり、言語化をすれば理解が深まる。

 

少なくともこのような考えは自分にとっては大切な価値観であり、またそれによって仕事もプライベートもより充実したものになっていると信じている。