トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

戦略の粒度

スポンサーリンク

戦略の議論をしていると戦略とそれよりも一段細かい戦術の話が混ざってしまうことが多いように思える。以前にも書いた通り戦略の定義を「ある組織が、掲げているある目標を達成するために取るべき施策である。そしてその施策には『どこで活動するべきか』(外部環境)と『どのように経営資源を投下するべきか』(内部環境)が明確化されている必要がある」としたとする。この定義を用いたときに、戦略検討の議論がブレる大きな要因として「大まかにどこで戦うべきか」「そこにどのようなリソースを投下するべきか」という二つの論点よりも細かい話題に外れてしまうことが挙げられる。

 

まず最初にデフォルメされた例を出す。ある城を攻める際に大将は戦略として正門から正面突破を試みるのか、城壁を攻めるのか、両脇から攻撃を仕掛けるのか、兵糧攻めをするのかといった、攻める場所を決める。その上で大まかに兵力の投入方法を決める。正面突破であればそこに全勢力を投入するといったことや、城壁であれば、最初は弓矢で壁上の兵を攻撃してから攻城兵器を投入して壁を乗り越える、といったこと具合である。

 

このとき重要なのは個別の戦場での出来事には囚われずに大局観を失わないことである。例えば正門突破であれば相手側よりも一定以上の兵力をと投入したらいずれは勝てる、と考えることである。私も陸戦に詳しいわけではないが「攻撃3倍の法則」などというものが存在し、攻撃側が防御側に打ち勝つには3倍の兵力が必要とも言われている。もし仮にこれを信じるならば、兵力を5倍くらい投入すれば自軍の一定の兵力は消耗するがいずれは勝てるという前提に大将は立つべきであり、それ以上の細かいことは考えるべきではない。一方で前線に立つ人間にとっては「一定の消耗」が大問題である。自分の部隊が消耗するか、隣の部隊が消耗するか、自分の部隊でも自分が戦死するかどうかは文字通り生死を賭けた問題であり、兵士一人一人は死なないための戦い方を考える。ただ相手も同様に考えているため(たまに戦場で奇跡的な働きをする兵士は現れるかもしれないが)結局は数の理論に落ち着く。消耗率が25%なのか23%なのかは現場一人一人の兵士にとっては大問題であるが大将にとっては問題ではないのである。

 

事業戦略の策定でも同じことが起きる。製品のスペックが同じくらいで営業カバレッジも同じくらいであれば、結局のところ似たような市場シェアに落ち着くのである。それを前提に議論を進めようとすると、人によっては「具体的にどのような製品を投入するのか、どんな価格にするのか、どんな顧客に対してどのように訴求するかも考えないと戦略とは言えない」と主張するかもしれない。しかしこれはオペレーショナルな問題であり、現場では必死で努力をするしそれは軽視するべきではないが、戦略的に考えると(上記の前提であれば)落ち着くところに落ち着くのでありそれ以上考えることは戦略の論点ではない。もしも当該市場がなんらかの理由で大事であれば営業カバレッジを競合の倍にしたり研究開発を倍にしたりするなどのリソース投入を行えばシェアアップは望めるのであり、それをするか否かが戦略という文脈での論点である。

 

上記の戦略の粒度は一見当たり前に見えるかもしれないが体感的にはかなりの戦略策定の議論で陥りがちな間違いであり、また慣れないうちはある種の不安を感じるところである。戦略策定の際はそれがオペレーショナルな論点なのか戦略的な論点かは十分に意識するべきである。