トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

お子様主義

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私は大人と子供の違いは感情を制御できるか否かだと思っている。子供は何か自分にとって不都合なことがあると泣くが大人は我慢できる。厳かな儀式の場で子供は動きたいという欲望があったらそれに従うが大人はそれを抑えることができる。大人になることは感情を制御できるようになるということである。

 

しかしそれをやり過ぎることの弊害も大きい。嫌だ、やりたくない、何かをやりたいのにできない、といった感情をあまりに抑えすぎるとプラスの感情もマイナスも感情も起きにくくなる。(私自身はもちろん精神科医ではないが)正確には恐らくそのような人であっても根底には感情は存在するがそれが心の中で何層にもわたって抑制されているため表面上は全くないように見えるし本人もそのような感情があることに気付かない状態になってしまう。そして結果として表情があまりない平坦な顔になってしまう。周囲にはそのように感情を抑制し続けた結果、表情が乏しい中年の人(特にいわゆるサラリーマン)の顔は思い浮かぶ人も多いのではないだろうか。

 

現実的には好きなことは好きと言い、嫌いなものは嫌いと言い、やりたくないことはやらずにやりたいことだけをやる、という日々を送るのは難しい。特に報酬を貰う以上は求められたことはたとえ嫌でもやらなければならない。そうしないと「明日の飯」にありつけないのである。しかしそれが行き過ぎるとあっという間に「感情と表情に乏しい疲れた中年」になってしまい結果として日常生活が、そしてその積み重ねである人生がつまらなくなってしまう。場合によっては多少のリスクを感じても好きなこと、やりたいと思ったことを思い切ってやってみてもいいかもしれない。また日常においても意識的に感情を発露し感情の出し方を忘れないようにするべきである。行き過ぎた我慢は美徳ではないのである。そして何よりも好きな人たちと好きなことだけをできるような実力を身につけることが大事である。(それをある表情豊かな50代の知人は「お子様主義」と呼んでいた。)

 

社会に出ると多かれ少なかれやりたくないこともやらなければならない局面はある。しかしそれを「仕方がないこと」と思って諦めるのではなく、そんな中でも感情に沿って生活することを意識するべきである。