トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

一般論

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この仕事をしていて陥りがちな失敗の一つに一般論を述べる、ということがある。これは一見、当たり前のようで案外プリンシパルクラスの人でもやってしまいがちな失敗であるように見える。特にある程度この仕事に慣れてくると目の前のクライアント企業が直面する課題が「どこかで見た風景」であるように感じられる。それは以前に見た別の企業であったり、過去のフレームワークのようなものを用いて考えたりして出てくる考えである。過去の経験を駆使して課題を深めることそのものは悪くはないが、それが一般論になっていないかは注意が必要である。(ところでこの一般論のことをとあるハーバードMBA卒のコンサルタントは「モンゴリアン・ウォッシングマシーン」と表現していた。ググる限り、そんな表現は見当たらなかったが、恐らくは水不足のモンゴルで洗濯が課題になるのは誰でも同じである、みたいな意味ではないかと推測している。個人的には語感が気に入っている。)

 

一見、最もらしいことでも、主語を「目の前のクライアント企業A社」から「競合のB社」に置き換えても、あるいは「全く違う業界のC社」に変えても当てはまるかを考えてみるといいだろう。主語を変えても指摘している課題感や解決策が当てはまるならば、それは一般論である。例えば「御社のITシステムが継ぎ接ぎになっています」という指摘は当該企業には確かに当てはまっているかもしれないけれども、日本の大企業の99%は似たような状況だろう。「マーケティング機能と開発機能が分断されています」「開発費のROIがレビューされていないため非効率があります」といった指摘も日本の製造業の大半には当てはまる。自分が一般論を述べていないかどうかはこのように主語を変えてみて成立しているかどうかを考える必要がある。

 

一般論が厄介なのは正しいか正しくないかでいえば正しいことである。ただし正しくても価値があるかないかでいえば、ないのである。そのため、これらを意識しないと思っている以上に一般論を述べがちになる。正しくはあるため、正しいことを述べていると安心してそこで思考を止まりがちなのである。大事なのは正しいか正しくないかではなく、当該企業固有の状況を考えて、正しくかつ価値のあることまで思考を練りこむことである。

 

正しいが価値がない一般論を述べていないかを意識する必要があるだろう。