トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

アイスクリームと企業価値

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先日、新幹線の中で珍しく車内販売のワゴンアイスクリームを買った。購入する際に、スプーンとお手拭きともに小さなビニール袋も渡された。アイスクリームを食べると手が汚れたり、結露でテーブルが濡れたりするため、この袋がありとても便利であった。つまり顧客目線ではこれは一つの小さな価値であったと言えるだろう。そして、おそらくこんなに高いサービスレベルを提供している鉄道会社なんて日本でしか見かけられないと思っている。細やかなことにも気遣える素晴らしいサービスであり、実際に顧客も喜んでおりJR東海は素晴らしい、めでたしめでたしである、とこの小噺を締めることができるだろう。

 

しかし一方で企業価値の視点で見ると少し別の考え方ができる。果たして厳密な意味でこのサービスは企業価値を最大化しているか、という検討が必要だろう。コーポレートファイナンス原理主義的には企業の唯一の目的は企業価値を最大化することであり、それは将来にわたって企業が生み出す長期的なキャッシュフローを現在価値ベースで最大化することである。この原則に立ったときに、果たしてコストを掛けてビニール袋を提供することは企業価値を最大化しているだろうか?問いを変えると、顧客はビニール袋が付属していることでこのアイスクリームを購入する頻度が増える、またはより高い価格を受け入れるだろうか?個人的にはそれに対する答えはノーであると思っている。お手拭きが無いことでアイスクリームを買わない人はいる気もするが、ビニール袋がないことで本当は食べたかったけれど購入を控える人は皆無ではないだろうか?また清掃コストが減るということも考えられなくはないが、これも考えにくいのではないだろうか。仮にたまには清掃する手間が増えたとしてもそれは清掃員の業務時間内のバッファで吸収できると思われる。もしそうであったとすると、ビニール袋を付属することでJR東海(の子会社)の売上高は増えておらず、一方でコストはビニール袋の費用だけ増えている。つまりキャッシュフローの最大化に寄与していない、つまりビニール袋を提供することは「価値破壊行為」である、といえるだろう。もちろんそれは微々たるものである。アイスクリームは300円程度に対して、ビニール袋の費用はおそらく0.1~0.2円程度、そこに調達の手間、廃棄費用、在庫関連費用などを乗せても単価の0.05%~0.1%程度だろう。しかしここでの問題はコストの大小ではなく価値破壊をしているということである。つまりビニール袋を提供することは顧客にとっては便益であっても、企業の唯一の目的である企業価値を最大化するという義務を果たしていないといえるだろう。

 

繰り返しになるが、このアイスクリームの例は額は軽微である。しかしもしもこれと同様の過剰品質に伴う価値破壊行為が組織内のあらゆるオペレーションで行われていたらどうだろうか?JR東海の売上高は1.8兆円、EV/EBITDA倍率が6倍程度なのでもしも仮に売上高の0.1%の価値を毀損していたとすると18億円の利益を削っていることになり、価値としては100億円程度の価値毀損となる。体感的には(多くの日本企業では)これと類似の現象、つまり高いサービスレベルを価格に転嫁できていないという現象がさまざまな次元で行われている印象はある。そしてそれらは一つ一つは小さくても累積するとそれなりの規模になると思われる。

 

価値破壊行為があるとして、批判されるべきはもちろん企業経営者でありオペレーションを担っている社員ではない。では経営視点から何が悪いかと考えると、さまざまな要因が挙げられるが、一つの理由に権限委譲と結果責任のバランスが悪くなっていることがあるだろう。このような「細やかなサービス」は現場で考えそれを現場責任者が承認されオペレーションに落とし込まれると一般的には考えられる。その中でオペレーションの作り込みは現場に寄っている一方で、その現場責任者に対して企業価値を最大化するためのKPI(利益に結びつく指標)がうまく課せられていないのではないだろうか?結果として現場責任者は利益意識が希薄になり、顧客へのサービスレベルを良かれと思って改善しようとし、企業価値が損なわれていると考えられる。これが正しいとして、もちろん現場責任者に非はない。現場責任者に「企業価値最大化を考えろ」と求めるのは無理な話であり、それは正しいKPIを結びつけなかった経営の責任だろう。目の前に顧客がいたら顧客満足度を上げるのは自然だし、むしろ褒められるべきである。問題は顧客満足度企業価値が結びついていない仕組みになっていることだろう。経営としてはその仕組みを作り込むべきなのである。

 

どんなに顧客が満足することであっても、それがキャッシュフローの最大化に寄与しないならばそれは価値破壊行為であり悪なのである。この視点でさまざまな「素晴らしいサービス」を見ると違う絵姿が浮かび上がるかもしれない。