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コンサルティングの現場から

「マッキンゼー 企業価値評価」の読み方

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マッキンゼー 企業価値評価」は企業価値評価の分野の名著の一冊とされている。この本の初版(原著)は1990年で以来30年近くにわたって支持されており、最新は原著は2015年、翻訳版は2016年に出版された第6版である。正直に告白すると私自身もこの本は大学生の時に買って以来、何回も読もうとして何回も挫折している。今でも全てを読んでいるわけではない。ただある程度実務経験を経た今では、これを全て読む必要はないと自信をもって言える。より正確に言えばこの本は全てのビジネスパーソンが読んでおいた方がいい内容と、企業価値評価の実務に携わっている人のみに関係する内容に分けられると理解している。そこで本エントリではこの本の読み方のコツを述べていきたい。

 


最も重要なのはこの本の根底にあるメッセージを理解することである。それさえ理解できれば十分である。別の見方をすると、この本が30年近くにわたって支持されている理由もまさに一貫したメッセージがあるからだと考えている。そしてこのメッセージは以下に集約できると考えている。


「企業は資本コストを上回る収益率を上げたときに価値を創造する。これは言い換えると企業が将来にあたって生み出すフリーキャッシュフローを現在の価値に割り引いたものが企業価値である。そして企業価値はROIC(投下資本収益率)、売上高成長率、そしてWACC(加重平均資本コスト)の三つのドライバーで規定される(正確には加えて現在生み出しているキャッシュフローも必要)全ての企業活動はこれらの本質的な向上につながるべきであり、それにつながっていないならば価値創造ではない。例えば会計的な操作をしてEPSを上げようとも、将来のフリーキャッシュフローが改善しないならばそれは価値創造ではなく、長期的には市場を欺くことができない。また資本政策を通じてWACCを最適化することによる価値創造は微々たるものである。結局のところ企業はROICと成長に集中するべきである。」


このメッセージは単にコーポレートファイナンスの分野にとどまらずビジネスの本質を捉えている。言い換えるとこれはCFOだけでなく、CEOを始めとする全ての経営者が理解しておくべきことである。あくまでもROICと成長に注力すべしというシンプルだが強力なメッセージはビジネスが一見複雑になればなるほど指針になる考えとなるだろう。本著は上下巻計1000ページを超える大作ではあるが、これさえ理解すればそれで十分である。これは一見単純で自明なことに見えるが、私自身の経験からもこのメッセージは案外忘れられがちであり、これを常に頭に入れていくことで実務の指針になると思っている。

 

次に具体的にどの章が全てのビジネスパーソン向けでどの章が実務家向けであるかであるが、私は第I部:原理編(第1~7章)と第IV部:管理編(第25~30章;ただし第29章の資本構成、配当、自社株買いを除く)が前者であると思っている。これらの章、特に第I部の原理編は一貫して上述のメッセージを理論的、あるいは実証的に述べており、非常に読み応えのある内容である。また第IV部の章に関しては価値創造の原則ではなく、ポートフォリオマネジメントやM&Aといった具体的な経営テーマについて述べているが、通奏低音では先のメッセージが流れている。


第IV部のいくつかの個別の章にコメントをすると、まず「第25章 事業ポートフォリオ戦略と価値創造」に関しては「それぞれの事業にはその事業価値を最大化できる『ベストオーナー』が存在し、それは事業のフェーズによって異なる」という考えは面白いと思っている。自分が関わっている事業の「ベストオーナー」は誰なのか?ということは定期的に考えてみるといいだろう。「第26章 価値創造のための業績管理」では事業管理の粒度を考えるべき、という考えは面白い。一見、中庸な事業であっても中には著しく成長しているサブ事業もあればその逆もあるため、管理の最適な粒度は少し丁寧に考える必要があるのだろう。「第27章 M&Aによる価値創造」に関しては、実証的な研究からは価値創造に寄与しているのは小さい買収をたくさん行っているタイプである、という考えは面白い。これらの章ではポートフォリオM&Aといった個別テーマに関するいくつかの面白い考え方とそれらが企業価値創造にどのようにつながるかを理解すればそれで十分だろう。

 

その他の章に関しては正直、企業価値評価の実務を担当している人以外はまず読む必要はないと思っている。単純に内容が細かいのである。また実務家であってもこれは参考書的に必要になったときに該当箇所を読むだけで十分であると思われる。また技術的なことに関しては他にも良書があり、また本書には多少クセがあるので、必ずしも本書を参考にする必要はないと考えている。例えば本書ではEBITDAではなくEBITAを用いており、その理屈は説明を読むと理解はできるが現実問題としては結局のところ世の中ではEBITDAを使われているため、本書に固執すると「浮世離れ」してしまう可能性もあるだろう。

 

最後に2点。まず本書のダイジェスト版である「企業価値経営」という本もマッキンゼーの同じ著者から出されている。上下巻にハードルを感じるならばこの本から読むという手もある。ただせっかくならば上下巻を購入した上で先ほど紹介した2部を読む方が結局のところ頭に入るのではないかと思っている。また本書では常に誤訳が指摘されており原著を読むことが推奨されていた。もちろん原著で読めるのであればそれに越したことはないが、もし日本語を好むのであれば第6版であれば(誤訳がひどかった第5版に比べて)かなり翻訳の質が向上しているので、こちらであれば問題ないと思っている。


企業価値評価に携わる実務家はもちろんのこと経営に関心のある方は一度、目を通してみるといいだろう。