トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

負の感情・隠したい欲を認める

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以前の幽体離脱のエントリでも書いたが、私は自分自身を客観視すること(を試みること)は非常に大事だと思っている。特に嫌悪、恥、嫉妬、恐怖、後悔、不安、悲嘆、憤怒といったネガティブな感情、あるいは自己顕示欲、性欲、名誉欲、支配欲、金銭欲といった隠したい欲求の存在を検出し、明示的に認めることは特に重要だと考えている。

 

またこういった負の感情や隠しておきたい欲求は自身の中で認めるだけでなく、必要に応じて外部に対しても、その存在が自身の中にあることを共有するべきだと思っている。(繰り返しになるがあくまで、必要に応じて、である。)理由はいくつかある。まず第一に人間は負の感情を溜めることは長期的な人間関係構築の上で、あるいはもっと実利的には一緒に協業する上で不健全だからである。負の感情を溜めるのは仕事をする上で有害である。また相手からしてみても自分のことが理解されることは関係構築上、有益である。お互いの感情を理解している方が仕事は捗る。またこれは小手先ではあるが負の感情や隠したい欲を敢えて示すことで、ある種の人間臭さや正直さを表現でき、結果的に信頼されることが多いためである。優等生はつまらないのである。

 

しかしそのときはちょっとしたコツがあると思っている。具体的には、そのような負の感情・隠したい欲求を共有する際に「自分は怒っている、不安である、名誉欲がある」といった形で直接的に表現するのではなく第三者を分析するかのごとく伝えることである。例えば「自分は怒りという感情を抱いている、名誉欲に基づいて行動しているようである」といった具合である。このように客観的に表現するとこれは話し手・聞き手双方に冷静さがもたらされる。特に聞き手からすると負の感情や隠したい欲を聞くことは、直接的にその感情を向けられているようにもどうしても捉えられがちであり、自然と聞き手には防衛本能が働く。ネガティブな話を聞くのは常に負担なのである。だからこそあくまで「私」ではなく「私というある人」を第三者視点で、幽体離脱の視点で表現することが大事なのである。

 

負の感情や隠したい欲は誰にも存在する。それを自分の中で検知し、認識し、必要に応じて他人に対しても客観的な視点で共有してみるといいだろう。