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コンサルティングの現場から

リーダーシップとは何か?

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リーダーシップの重要性は昨今、さまざまな文脈で語られる。特に多くの欧米系の企業ではリーダーシップの発揮することを重視する文化がある。しかしこのリーダーシップという概念は日本語にしにくく、またそれと似て非なるリーダーという単語に引っ張られて何かと誤解されている印象がある。そこで本エントリでは自分なりのリーダーシップに関する考え方を述べていきたい。

 

まずは定義から。私はリーダーシップとは「能動的に行動することである集団の目的達成に貢献すること」であると考えている。この定義に則ると、いうまでもなくて立場的にリーダーとされる人とリーダーシップを発揮することは全く無関係であることが分かる。リーダーは集団の意思決定を行う立場にある人のことであるが、上記の定義では「能動的に行動する」の部分で該当しない。どんなに重要な意思決定をしたとしてもそれがその人の通常業務の中であれば、それはリーダーシップを発揮したことにはならない。同様に何かジュニアな人が言われた仕事を実施することも該当しない。逆に例え新卒一年目であっても自主的に(上司と相談しながら)弁当の手配をしたのならばそれはリーダーシップを発揮したことになる。リーダーシップを発揮することと集団の中の役割や職位は原則として無関係なのである。原則として、と書いたのは職務規定が完全に決まっており、かつそれ以上の仕事は求められていない場合であればその限りではないが、今日の労働環境においてはそれはほぼ皆無と言っても過言ではない。

 

上記の定義では特に能動性と行動の二点が大事である。前者は比較的分かりやすいが後者は少し補足が必要である。行動が大事、と述べている背景には、口先だけ、アイディアとか提案の言いっ放しはリーダーシップを発揮したことにはならないということがある。単に議論の中で問題提起をしたり、アイディアを出したり、こうしたらいいのでは、と提言を出すだけではそれはリーダーシップを発揮したことにはならないのである。ただし能動的に行動し集団の何らかの課題を設定したのならば、それはリーダーシップを発揮したといえる。例えば採用活動において、ある採用イベントに出ることが費用対効果が合わないという課題意識をある個人が持ったとする。この人が、その問題意識を何らかの方法でそれを関係者に納得させ、出展を見直すコンセンサスを関係者の間で取れたとするのならば、集団としての行動はまだ取っていなくても、それはリーダシップを発揮したことになる。この場合は問題意識を関係者に共有したことがリーダーシップの行動に該当する。もしもこの課題意識があったとしても、単に何かの会議で「イベント出展を見直すべき」と言ったとしても、それが関係者の間で納得されていなければそれは単なる言いっ放しとなり、リーダーシップを発揮したことにはならない。なぜならば集団としての行動は変わらないために目的達成(この場合は優秀な人を採用する)には貢献してはいないからである。そして集団に貢献するためには多くの場合、単に発言するだけでなく、もう少し行動を伴う必要があるのである。

 

もちろん議論においてリーダーシップを発揮するということも可能である。その場合は発言すること自体が行動をとったことになる。上記の例では議論の場で自発的に採用イベントの費用対効果に関する問題提起をし、更なる検討ないし出展の変更をその場で合意を取り付けたとしたらそれは議論におけるリーダーシップを発揮したことになる。(この場合でも能動的に問題提起をしていることには留意してもらいたい。)ただリーダーシップを発揮するのに職位は関係ないとはいえ、議論でリーダーシップを発揮するにはそれなりの見識なり視座が必要であることが多くジュニアの人が発揮することは簡単なことではないことは留意するべきである。(もちろんそれをジュニアなうちから目指すべきだし、社内での議論では本質的にリスクフリーなので積極的に試みてみるといい。)そのためジュニアなうちは、単に何かを提言するだけでなく提言と併せてより行動を起こすことをするとリーダーシップを発揮しやすい。それは簡単なファクト(情報)を収集する、手を少しだけ動かして何かをまとめる、何かを手配する、などが挙げられる。

 

リーダーシップと書くと何だか大それた行為に聞こえるかもしれないが、それを発揮することは先の定義の通り「能動的に行動することである集団の目的達成に貢献すること」であり、能動的に弁当を手配することもそれに該当するのである。プロフェッショナルならば職位を問わず誰もがリーダーシップをもっと発揮できないかは常に考えるべきだろう。もちろんプロフェッショナルファームに所属していない人でもそれは同様である。