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渋谷幕張高校の戦略

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渋谷教育学園幕張という千葉県の私立中学・高校がある。この学校は最近では東大合格者数ランキングでは10位以内に入っており、またアメリカの名門大学にも一定の人数の生徒が進学しており、全国トップクラスの高校といっても過言ではないだろう。

 

しかしこの高校は1983年に設立された新興の学校であり、80年代は近所でカツアゲ事件があると体育会の教師が竹刀を持って交番に行っていたらしい。つまり生徒はカツアゲされる側ではなくする側であったのである。(今ではもちろんカツアゲされる側である。)そんな不良高校がわずか30年余の間で全国トップクラスの高校になったのはサクセスストーリーと言っていいだろう。その背景には(私の理解では)校長の見事な戦略があった。

 

この校長は麻布中高から東大に進学し最初は大手都市銀行に就職したものの家業を継ぐ形で渋谷教育学園グループの校長となった。当時、この学校グループは「渋谷の女子高生たちの間で制服がカワイイことで有名だった」渋谷女子という学校を運営していたが、進学実績はお世辞にもいいとは言えなかった。そこで一旦、この学校を伸ばすことは諦めて、まずは千葉県の幕張に学校を設立することにした。このときこの校長はいくつかの非常に戦略的な判断を行なっている。

 

まず一つ目は学校の立地。幕張という場所は千葉県の大半と東京都の東部をカバーできる立地であり、また特に千葉県の東部は比較的名門学校が少なく競争環境の観点で有利であったと見られる。

 

二つ目(そして最大の要素)として帰国子女を狙ったことにある。この高校は80年代から今で言うところの「グローバル人材」の教育に力を入れ、積極的に帰国子女を受け入れた。入試の段階では高い英語力が求められる専用の入試を導入し、入学後も英語の授業だけは帰国子女専用クラスを設けアメリカ人・イギリス人による英語オンリーの授業を3年間にわたって実施してきた。そんな彼らは受験において私立文系の名門校、具体的には慶応、早稲田、上智で極めて高い受験実績を上げた。私立文系は比較的受験科目が少なくまた英語の比重が高いため帰国子女たちにとっては極めて有利なシステムとなっていた。また多くの生徒は一人で複数学科受かるので、結果として一人の生徒で何校も合格実績が上がる。またそのような校風があるため帰国子女クラス以外でも海外在住経験のある生徒が多数入学し、同様の理由で高い合格実績を上げていった。学校によっては帰国子女は「日本の教育から遅れたレベルの低い生徒たちで救済措置の一環で受け入れている」といった思想の高校もあるが、渋谷幕張の運用思想は違ったのである。また小中学時代に海外に一定年数在住する児童・生徒は大企業に勤める親を持っている可能性が高く、そのような家庭は教育意識が高いことが多い。そのため帰国子女は本質的には受験という観点では決して劣っているわけではない。

 

三つ目は特待生制度を導入したことである。これも帰国子女同様に専用の入試を設け、合格者に対しては授業料を無料、ただし毎年査定をし成績が落ちると次の学年から取り消しになるといった制度である。大体全体の5%程度の生徒である。これによって本来ならば県立千葉高校などのより人気の高い高校に進学していた学力の高い生徒を取り込むことができ、特待生たちが高い合格実績を上げていった。

 

もちろん単に受験実績だけに特化しているわけではなく、教育内容そのものも関しても優れていた。80年代からグローバル化を見据えていたこと、全校生徒に50ページ程度の論文を課す制度(優秀な論文は上位大学の平均的な卒業論文よりも優れている)、校則は少なく自由な校風、最近では海外名門大学のリクルーターを読んだ学校説明会の開催などが挙げられる。ただし恐らく東大合格者数上位校になった理由の多くは上記3つの理由に起因していると考えられる。

 

しかし渋谷教育学園グループの戦略ストーリーはこれで終わらない。次に渋谷女子の再生をしたのである。ただし厳密には渋谷女子の転換といってもいいかもしれない。具体的には渋谷幕張高校が一定の人気ができた時点で渋谷女子の募集を停止し、同じ校舎を用いて渋谷教育学園渋谷高校を設立した。同校は(学力的には平均かそれ以下の)渋谷女子ではなくあくまで学力的に高いレベルの渋谷幕張の姉妹校とブランディングされ実際に渋谷幕張と同じ教育・運用を行なっている。これによって渋谷女子とは比べられないくらい人気は一気に上がり、昨今のグルーバル化への意識の高まりがあって競争の激しい東京都内においても人気と合格実績が年々上がっている。

 

一般に教育というものは民間とは違う力学が働くと思われている。しかしマネジメントという観点においては本質的には変わらないのであり、戦略は威力を発揮するのである。