トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

他人を脳内でエミュレーションする

仕事では頻繁に思考を深めることが求められるシーンがある。思考を深めるためには結局のところは時間を掛けなければならないが、それでもいくつか効率を高める方法はあると思っている。一番は信頼できるディスカッションパートナーを見つけてその人と議論をすることで思考が深まるが、中には自分一人で考えなければならないときもある。

 

そんなときのコツの一つに「他人を脳内でエミュレーションする」というものがある。つまり一緒によく働く上司や先輩と議論することを脳内でシミュレーションする、という方法である。自分の脳内で上司や先輩に自分が議論を持ちかけ、それに対して相手がどのようなことをどのような言い方で応えるのかを想像するのである。その際に極力生々しく、自分の脳内で相手の声が聞こえているくらい鮮明に想像するといいだろう。そうすると案外、「相手がいかにも言ってきそうな視点」が見つかる。これはやっていることはあくまで自分で考えていることには変わりないすぎないが、自分の脳内で他人の視点を擬似的に再現することで自分だけでは思い付かなかった視点が見つかったりするのである。

 

これはあくまで一つの発想方法であるが、思考に行き詰まったら試してみても悪くないかもしれない。

 

負け犬・勝ち犬という括り

00年代前半に酒井順子氏のエッセーに「負け犬の遠吠え」は話題になった。これは30歳以上の未婚・子なしの女性はどんなに仕事ができようが、お金を持っていようが、美人であろうが、「負け犬」であると定義し、既婚・子ありの女性(=「勝ち犬」)との対比をしたエッセーである。この本の前書きで著者は人を勝ち・負けの二分するのはナンセンスであるが、だからこそ面白かったりもする、といった旨を述べている。私はこれは示唆深い視点だと思っている。確かに人は個人個人によって違う存在であるが、ある集団を切り出してそれらの集団をある観点では同質なものとして語ると分かりやすさがあり結果として面白おかしなストーリーを作りやすい。そして多少強引であってもそのように分類するからこそ取るべき行動もその集団に応じて変えられるため価値がでる。マーケットのセグメンテーションにしろ、BCGのプロダクトポートフォリオマトリクスにしろ、どれも同じだろう。

 

ただ一方でこのようにものごと、特に人に関しての括りはやはり気を付けるべきであると思っている。O型の人は、日本人は、官僚は、商社マンは、男/女は、慶應生は、など独自な括りではなく表層的な括りをするのは雑すぎる場合が多い。また仮にそうであったとしてもコミュニケーションには十分に配慮するべきではあるだろう。なぜならば人は何らかに括られると反発をしたくなる傾向があるためである。「自分はそんなに単純ではない、お前に私の何が分かる」といった感情が芽生えやさいのである。

 

何かを括るのであれば、その切り口は十分に吟味するべきであるし、またあくまでもある側面、といった考え方をするべきであろう。そして人は括られることを嫌う傾向があるということを頭に入れ、コミュニケーションには気を付けるべきである。ただし一方で多少強引であっても括ることの価値もまた忘れてはならないのである。それによって行動が規定ができるからである。結局のところはバランスの問題であるがこれらは念頭に置いておいても悪くはないだろう。

 

マインドシェアと人

私は仕事でもプライベートでも社長とそれなりに話をする機会があるときは、なるべく「今のマインドシェアは何ですか?」と訊くようにしている。例えばあるスタートアップの社長であれば、資金調達10%、人周り(採用・人事)50%、オペレーション確立20%、マーケティング10%、その他10%、といった具合であった。これは今の経営アジェンダは何ですか、と訊いているのとほぼ同義であるがマインドシェアと言う訊き方をした方が答え易いのか割と面白い話を聞けることが多いと思っている。

 

このような質問の回答では大企業の社長でもスタートアップの社長でも、あるいはPEで投資先のモニタリングをする人であっても人周りに関する話題は大抵マインドシェアの上位に位置している。DeNAの南場氏もある本で「社長になったらとにかく人が重要なのでいい人がいたらなりふり構わずに声を掛けていた」といった旨のことを書いていた。会社は法人であり、あたかも一つの人格があるかのように語られがちな印象があるが、結局のところ会社は人の集合体であり重要なのは会社といういくらか概念的な箱ではなくそこの中にいる人なのだろう。(もちろん企業文化というものは明らかに存在するので、会社の性格のようなものは存在すると個人的には思っている。)ある有名なプライベートエクイティの幹部も投資先のことで一番頭を使うのは人に関することであり、これは前職(コンサルティングファーム)では得られなかった視点である、といったことを述べていた。

 

以前にも書いた通り変化を起こすのは圧倒的な熱量を持った個人である。コンサルティングを行なっていると頭でっかちになりがちであるが、やはり人の重要性を過小評価してはならないのである。

 

報告書の密度

仕事の進め方は原則としては①論点を設定しそれを分解する、②仮説と検証方法を設計する、③実際に検証する、④検証結果を基にストーリーを作り上げる、というステップでありこれが論理的には正しいと思っている。ただ一旦それらを忘れ、また戦略プロジェクトに限ると自分の中では作業レベル概ね以下のような流れになると思っている。(作業レベル、と書いたのはあくまでは原則としてはこれから述べるボトムアップのやり方ではなく、トップダウンの仮説ドリブンなやり方の方が望ましいためである。)

 

【①定量中心の情報を落とし込む】
まずは論点に沿った当たり前のファクト(市場規模とかシェアとか競合の動き)をとりあえず紙(スライド)に落とす(グラフなどが中心)。この段階ではスライドの「密度」がスカスカとなっている。例えば市場規模を見せるときに単なる右肩上がりの棒グラフだと伸びていることくらいしか分からず、情報量が薄いことが多い。

 

【②定性中心の情報を追加する】
次にさまざまなソースからより定性的な情報を取得し、それをうまく既存の紙に入れ込み情報の奥行きを作る。定量的な数字の背景にある力学などを定性的な情報として追加することで、より立体的に理解できるようになる。例えば先の市場規模の上昇の要因を付加することで数字だけよりも説得力が増す。

 

【③情報を統合し情報密度を高める】
次に論点とその答え、そしてそのコミュニケーションを意識しながら、論点とストーリにあった形で手元のファクトを再構築する。特に多いのが「スカスカの密度の薄い」チャート同士を文脈に合わせて組み合わせ、さらに定性情報を付加することで、密度が増す。

 

【④情報を纏めストーリーを築く】
①~④はかなりボトムアップであるため、大量のスライドはできるし一個一個の話は密度が高くて面白いが、往々にして「情報量が多すぎて結局全体としては何なのかが分からない」状態になる。それを避けるために①~③ができた段階で「まとめスライド」のようなものを作り、1枚のスライドで全体感が分かり、かつ全体のストーリーが分かる、そういった「まとめスライド」が必要になってくるだろう。

 

先ほども述べた通りこのやり方は非常にボトムアップであり、必ずしも教科書通りではないと思われる。しかし仮説思考も結局のところ行ったり来たりしながら考えるのが常であり、理想的な問題解決の流れで進むわけではない。そのため上記で述べたようなやり方でボトムアップなやり方で「どっぷりとコンテンツに浸かりながら考える」時間を設けることも必要だと思っている。またその際は「情報の密度」のようなものを意識してみるといいかもしれない。

 

今の情報だけで論理を構築する

多くのビジネスにおいて論理の構築は重要である。しかしビジネスにおける論理の厳密性はアカデミックの世界と比べるとはるかに緩い。そのため特に理工系の経験のある人たちからするとどうしても違和感を感じることが多いようである。そのときの一つのコツとして、「今ある情報を真として、かつそれだけで判断すると何が言えるか」という視点を持つことであると思っている。結局、ビジネスにおいてはさまざまな見方ができるため、一つの見方では例えばある事業の競争力を示唆していても別の見方をすると真逆の結論になることも多い。もちろん複合的な視点を持つことが重要であるが、まずはそのための第一歩としてある視点で見方を作り切ることが大事である。そのためには一旦、ある情報だけを真として一つの意味合い(以前に書いた通り行動に繋がる情報の解釈)を出すことが重要である。

 

例えば衰退市場で業界上位だが大赤字を出している製造業の立て直しの戦略を考えるときには戦略オプションとしては①コストをとにかく削る・開発も原則として止める、②規模を縮小しニッチニーズを見つけてそこだけは開発をする、③隣接市場にいく、④撤退する、あたりが論理的には考えられる。そしてそのとき自社・競合の利益率の加重平均をとった業界利益率が著しく低いという事実があったならば、その情報だけからは「①はオプションとして成り立たない」という示唆が出せる。もちろん①でもたまたま当社だけが構築できる特殊なコスト優位性が存在しないかと言われればもしかしたら存在するかもしれないし必要に応じて検証はするべきかもしれないが、上記の情報「だけ」からはこのような結論が出せるだろう。

 

重要なのは情報の正確性や網羅性が不十分なことを言い訳にせずに、意味合いをひとまず出す、という思考の規律を持つことである。

 

プロジェクトは3時間でも3ヶ月でもできる

私はどんなプロジェクトのどんなお題でも3時間でも3日でも3週間でも3ヶ月でもできると考えている。当然、検証の深さは異なるがそれでもどんなに短い時間であっても「一回し」することはできる。そのときに大事なことは以下の3点だと思っている。
①論点とそのサブ論点が抑えられていること
②それらに対して答えまたは仮説が出ていること
③上記2点がリストではなくストーリーになっていること

 

①は当たり前であるが、②は補足すると強引な方向感ないし仮説だけでも構わないという点だろう。論点の検証というとたいそうな分析が必要に見えるかもしれないがそうではなく「このお客さんと取引をしているということは多分競争力がある」といったものや「利益率がこれだけ競合よりも高いのだから多分製品が魅力的」といったレベルでも構わない。例え強引であってもとにかく論点に対する答えを出すことが大事なのである。そしてそれは③のストーリーにもつながってくる。どんな仕事でもイケていないやり方に論点とそれに対する答えを単に上から順番に列挙するというものが挙げられる。これは完全に作業屋のマインドセットである。どんなにそれが正しかったとしても単なるリストでは基本的には人間の頭に入ることはない。特にそれが忙しい「偉い人」であればあるほど、である。重要なのは強引な答え/仮説が出た後にそれをまとめ上げて、頭に入ってくるストーリーに仕立てることである。

 

余談ではあるが私は本格的な提案書を書くときは3日の超短期プロジェクトの報告会と思ってプロジェクトの答えのストーリーを作るようにしている。流石にそれくらいの気合を入れるとプロジェクトは依頼される。

 

また心持としては最初にも書いた通り心持としてとにかく「一回し」するという意識を持って動く必要がある。より具体的には最初に与えられた時間内でできることを想像して予め落としどころを見通しておくことである。そのうえでとにかく①から③までを一回しやり切る作業設計をしておくことである。作業設計というと大げさだが、要するにそれぞれにざっくりとどのくらいの時間を掛けるかを予め割り振ることである。そしてその時間内で「必ず」①から③をそれぞれやり切ることである。必ずやり切るという心持と規律が必要なのである。

 

これらを意識すればどんなプロジェクトも3時間でも3日でも3週間でも3ヶ月でも終わらせるはずである。

 

引き算の発想、足し算の発想

一つの考え方に引き算/足し算の発想というものがある。二つの事例を交えて以下では紹介していく。

 

【アマゾンの発想】
アマゾンの「顧客の購買の意思決定を手伝う」というコンセプトはとても有名だが、その他にベゾス氏は「著者と読者以外不要」という思想も持っている。これは抽象的には「引き算」ではなく「足し算」の発想をであり、非常に深いコンセプトではないかと考えている。つまり、平凡なITのEC企業であれば執筆→編集→営業→印刷→流通→販売という著者と読者を結ぶバリューチェーンの構成要素のうち、流通・販売をITにより減らすという発想をしていると考えられるが、ベゾス氏の場合はどうすれば著者と読者を最短で結べるか、という発想をしていると考えられる。つまり前者は「引き算」の発想であり後者は「足し算」の発想であると考えられる。

 

これは一見抽象的な言葉遊びに過ぎないように思えるかもしれないが、恐らくこのコンセプトはアマゾンの具体的な事業に大きな影響を与えていると思われる。例えば同社はしばらく前に誰でも自分の書いた文章を電子化してアマゾン内で電子書籍として販売できる、という自費出版サービスを開始したが、これはまさに「著者と読者以外不要」というコンセプトがあったからこそ出来たサービスであり、「流通・販売」をITで代替するという発想では出てこないサービスだと考えられる。つまりコンセプトが具体的なサービスにも影響を与えていると言える。

 

チョイノリの発想】
スズキが2000年代前半に開発した小型スクーターのチョイノリというバイクがある。これは街で短い距離の移動に気軽に乗れるスクーターを目指して同社が開発に着手し、1ccにつき1,000円(50ccで5万円)の価格で売れることを目標としたとのことである。しかし当初は当初は目標の車体コストと重量を大幅に上回り、苦戦していたとのことであるが、発想を「スクーターから不要な部品を削る」という「引き算」から「自転車に必要最低限の部品を加える」という「足し算」に変えた瞬間に大幅な重量ダウン(とコストダウン)に成功したとのことである。

 

チョイノリの場合は開発陣はコンセプトの転換をする前も後も「小型・軽量のスクーターを開発する」という目指すべきところは変わっておらず、またコンセプトの転換があっても超軽量材料が生まれたわけでも超小型エンジンが発明されたわけでもなく、技術的なイノベーションが起きたわけではない。にも関わらず大幅な重量ダウンが実現できたのはコンセプトという補助装置がいかに具体的な活動に影響を及ぼすかを物語っている。事業で何らかの非連続な変化を起こしたいのであれば、一旦具体的な活動からは目を離しコンセプトレベルでの転換を起こせないかを検討してみると良い。それにより深みのある変化を起こせるだろう。

 

言語と数字

物理や化学を初めとする自然科学を学ぶとさまざまな数式を用いて表現された法則に遭遇する。熱力学第二法則ニュートンの法則などである。それらを理解するにあたって大事なことは言語と数字の両面で理解を図ることである。特に数式で表現されたものであれば、数式だけでなく言語的にそれを理解することが重要だと思っている。これは恐らく人の考え方の性向によっても異なるとは思われるが、数字だけだと無味乾燥としており感覚的に理解できないが、数式で表現された法則を言語を用いて理解することでそれが捗ることが多いように思われる。ビジネスの場であればこれとは反対に定性的に表現されている事象があるとしたら(その事象が真とするならば)それは数式的にはどのように表現されるかを考えてみるとより立体的に理解が深まりまたその現象を証明/反証することができる可能性がある。

 

何事も言語と数字の両面で理解し、一方で表現されていたら、もう一方で理解しようとしてみる姿勢が必要であると思っている。

 

右手系、左手系

失敗学という学問が存在する。これは東大工学部の畑村教授が切り開いたものであり、さまざまな失敗の要因分析する学問形態である。その中の一つの発送方法に「右手系、左手系」というものがある。(左右が間違っているかもしれないが)左手系というのは何か望ましくないことが重なって起きたときにどのような結果に陥るのか(=失敗がおきるのか)、と考える思考方法であり、反対に右手系というものは何らかの事故(=失敗)を想定し、それが起きるための条件を考えていき、それが果たして起きうるかを考えるというものである。この名前の由来は左に原因があり、右に結果があり、左手、右手はそれぞれ原因がツリー構造で分解されていく様から取られている模様である。左手系はボトムアップ的な思考方法、右手系はトップダウン的な思考方法ともいえるだろう。

 

この思考法は何も失敗に限らずに有効な考え方だろう。例えば何かビジネスが大成功するための条件を考えてそれを分解していく発想は右手系だし、逆に今取り組んでいる物事が全て上手くハマった結果を考えるのは左手系の発想といえるだろう。

 

このように将来の出来事を想像するときは右手系・左手系、その両面で考えるといいかもしれない。

 

一番じゃないとダメです

しばらく前に「一番じゃなきゃダメですか」という議論があったが、ことビジネスに関しては私は「一番でなきゃダメ」だと思っている。ただし、ここでいう「一番」の範囲は狭くあくまで「一つの取引における選択肢の中で一番」という意味である。結局、ある個人ないし組織が何らかの製品・サービスを購入しようとした場合、その中の選択肢の中で一番のものしか買わないわけであり2番目以降は2番だろうが7番だろうがいずれにせよ買われないことには変わりない。そのため一つの取引においてある顧客の中では、一位を獲得しない限りは売上は立たないと言える。(複数購買する場合はその限りではない。)これは別の見方をすると、何かが売れたとするならば、それは傍から見るとどんなに「イケてない製品」であったとしても、それはその顧客の中では購入を決めた瞬間においてはその製品は一番であったと考えるべきであり、むしろそのような「イケてない製品」のどこが評価されているかを注意深く理解することに努めるべきだろう。それはもしかしたら、営業の担当者の人柄で獲得できているかもしれないし、単純に選ぶのが面倒なため手近なものを選んでいるのかもしれないし、もっと「イケてる製品」の存在を知らないのかもしれない。しかしなんであれ当該製品・サービスが売れた以上、それが顧客の中では一番であったと考えるべきなのである。ポメラなどのヒットを出したキングジムのように、たまに「製品開発会議で大半が否定的でも一人だけ熱狂的な支持者がいたらGoを出す」という企業がいるが、これもある限られた範囲において一番になるという方針を取っているといえるだろう。

 

何かを売るためには必ず一番にならなければならないし、売れているものはその取引においては必ず一番である、と思うべきだろう。