トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

Bad old days

コンサルティングファームというと一般に激務のイメージがある。これには私はある種の憤りを覚えている。なぜならば(他のファームのことは判らないが少なくとも私が所属するファームに関しては)一般に想像されるよりもはるかに労働時間は短いためである。感覚的には9時から遅くても平均では21時には大半の従業員は帰宅し、帰宅後はメールチェック以外は仕事をしないというのが体感値である。週末に出社することもまずない。実際に私自身もジュニア時代も平均すると9:00-20:30くらいであったと記憶している。

 

もちろん例外はありプロジェクトによっては日付を超えることが珍しくないものもないとは言わない。ただしこのようなプロジェクトはかなりの例外である。(ただしこういった例外が噂になりやすいため尾ひれがついて実態と乖離したイメージが出来上がっている印象はある。)また何よりもこのようなプロジェクトは社内のシニア・パートナー層でも問題視され一定の対策が打たれる。

 

ただし思い返してみると私が所属するファームもある時点まではかなり酷かったと認識している。週末出社、日付超えはもちろん、社内会議を24:00から始まることも日常的であったらしい。(今でもゼロであるとは言わないが、少なくとも日常的ではない。)このような働き方から今の働き方にはある期間(概ね5年程度)で変わったと認識しており、この期間中には日本支社としてはもちろん、グローバルの取り組みとして日本支社の働き方を変えようという動きがあったと認識している。

 

この期間には様々な打ち手は行われたが(そしてその詳細は割愛するが)、個人的には結局のところ一番重要だったのは価値観の変化だと思っている。つまりそれまではともすると「長時間労働はかっこいい、美徳である」というような価値観があったように思える。それに対してこの期間を経てからは「長時間労働は恥ずべきことである、悪である」という価値観になったのである。そしてこれは、そもそもファームとしてそれに取り組むと経営レベルで意思決定をし、全社員集会などは必ず日本支社長やその他の(シニア)パートナーたちが最初に繰り返し述べていたことによるものであると考えている。

 

以前にある会社の社長が「社長は一つのメッセージを1回社員に言うだけではダメである。3回くらい言うと『ああ、何か聞いたことある話だな』と社員は思い、10回くらい言うと『どうやらこれは重要なことらしい』と思うのである」と述べていたが結局同じことが起きたのだと私は考えている。


労働時間を減らすためにはこれくらいのしつこさと経営のコミットメント(とそれから派生した各種取り組み)により意識を変えることが大事であると思っている。

 

ビジネスシミュレーションモデル

一般的に将来の事業計画を策定するときはビジネスシミュレーションモデル(以下モデル)を策定する。これには財務的な指標だけでなくオペレーショナル指標(例えば市場規模、市場シェア、拠点数、営業生産性、コスト効率など)なども含まれる。

 

このモデルというものは一般には典型的なジュニアワークとみなされる。確かにモデルそのものの作成はジュニアが一般には担当するが(プロジェクトの性質にはよるものの)モデルを使ったシミュレーションは事業理解と経営上の優先順位を決定するための強力なツールに本来はなるため、一つのジュニアワークと位置付けるべきではないのである。

 

少し例を挙げる。以前にある大企業のCFOが自社の子会社に不満を抱えており当該子会社の事業計画の精査・策定を支援したことがあった。私自身もこの子会社の経営陣の話を聞いてみたり経営資料を見たりするとこのクライアントのCFOの不満はよく理解できた。結局のところこの子会社は様々な施策を検討しており、またそれらの施策の方向性そのものはどれも正しいように見えたものの、それら施策群がいくらの利益貢献につながるのかが全く見えなかったのである。言い換えるとインテリジェンスが練り込まれたビジネスシミュレーションモデルが存在しなかったのである。

 

このようにモデルが存在しないことは管理上の問題だけには留まらない。モデルが存在しないと施策と利益の結びつきが明確でないため、大した利益につながらない施策に大きな経営資源を投入している可能性もあり、逆に本来ならばもっと経営資源を投入するべき領域にわずかしか配分していない可能性もあるのである。一見当たり前のようなことであっても実際にモデルを作って利益への貢献をシミュレーションをしてみると案外多くの思い違いや見えなかったことが見つかるのである。

 

このようなことを実現するモデルの策定は一見当たり前に見えるかもしれないし、簡単に映るかもしれない。しかし多くの場合、企業には財務部や経営企画部が作る財務シミュレーションモデルと事業部が策定するシミュレーションモデルが混在し、それらに整合性がなかったり、あるいは戦略的に必要な粒度に落とし込まれていないことが多いのである。そしてそれらを統合したモデルを策定するのは案外骨の折れる行為であり経営の介入が必要な場合が多いのである。またコンサルタントとしてこのようなモデルの策定に関わる場合もその重要性と難易度から決してジュニアだけに任せるべきではないのである。

 

ビジネスシミュレーションモデルは単なる事業理解や事業計画だけでなく戦略検討という意味でも必要な経営ツールなのである。

 

できない・できていない

マネージャー以上の仕事の一つには他のチームメンバーのアウトプットの品質担保がある。他人のアウトプットを見ると当然望ましくないアウトプットが出てくるときもある。そのような場は当然、品質担保をする身としてはこのアウトプットは必要は水準に達しておらず何らかのテコ入れが必要である旨を伝える必要がある。

 

このようなとき、必ず主語は相手ではなく仕事に向かなければならない。「できない」のではなく「できていない」と考えるべきなのである。これは僅か1文字の違いであるがとてつもなく大きな違いである。言うまでもなく述べるべきは相手の状態ではなく仕事の状態についてであり、またそもそも相手の状態については客観的に述べることは不可能なはずである。(どうしても述べたいならば、それはあくまでも相手がとった行動について述べるべきである。)相手のネガティブな状態について述べるのはそれがどんなに軽い言い方であっても、それは問題解決に結びつかないしかも客観的ではない、ただの暴言でありパワハラなのである。

 

仕事の不十分な質のアウトプットがあったときにそれを誰が作ったのかは一義的には問題ではなく、あくまでも解決するべきはそのアウトプットの質を引き上げることである。もちろん将来的にはそのような状態を回避するために相手に対して何らかのフィードバックを与えることは必要であるが、それもあくまでも過去に行った行動を変えるべきという言い方をするべきであって相手の状態について述べるべきではないのである。

 

このように文字で書くと当たり前に見えるかもしれないがジュニアな人が何らかの不十分な質のアウトプットを出してきたときに、職位の高い人が相手の状態を否定しにかかることが想像以上に多い印象がある。これは強く意識するべきである。あくまでも仕事がダメなのであって本人がダメなのではない。

 

経営課題としての人事

過去にもちょくちょく書いてはいるが業界が成熟すると差別化要因は(余程特殊な参入障壁が先行者利益がない限りは)結局のところ人材によるところが大きいと考えている。言い換えると競争力は人材で規定されるのである。

 

もしそのように考えるといかに優秀な人材を採用し、その人材に活躍してもらう場を設定し、人材を育成し、評価し正しい人材を昇進させるか、またそれを実現をする仕組みを作るかは本来は人事マターではなく経営課題である。採用一つを考えても50年前ならともかく、今日は優秀な人材には多くの魅力的な選択肢がある中、給与水準も他の選択肢よりも著しく低く裁量も少ないような企業に会社の魅力などを訴えて優秀な人材が来ると考えるのは正気の沙汰ではないと個人的には思っている。昇格や裁量の与え方も同様である。

 

これらの課題に対して単に個別最適をすると相当ちぐはぐな人事制度が出来上がって不要な混乱を生むだけであり、解決をするためには社長が相当な腕力を持って多少強引にでも変えにいかないと上手くいかないと考えている。もちろんこのような変化を起こせば必ずうまくいかないことも起きるわけであり、それも覚悟して実施なければならないだろう。

 

そのため本来ならばCHROの立場は社内でも相当高くあるべきだし、またそれを社長が強く支援する、あるいは兼任するくらいの重要度をもって臨むべきだと考えている。一方で特に大企業であれば残念ながらそのようなそのように人事を位置付けているような企業は極めて少ない。しかしこれらは典型的な「緊急ではないが重要な課題」であり長期的にはこのような体制では競争力が低下すると考えている。見方を変えるとそこは経営課題のフロンティアであると捉えることもできるだろう。

 

この領域は経営課題に関わる人間であれば注目するべきテーマだと考えている。

 

やらないことを決める

戦略とはやらないことを決めることであると言っている人がいた。個人的にはこれは必ずしも同意できないが、たしかに戦略が決まれば結果的にやらないことは決まる。

 

このやらないことを決めるということは日常生活でも当てはめられると考えている。私自身、いくつかやらないと決めていることがある。それは送迎会に行かないということであったり、お酒を飲まないことであったり、スーツを着ないことであったり、転職のことを考えないことであったり、特定の業界は絶対に担当しないことであったりとレベル感は様々である。ただなんであれこのようにやらないことを決めておくとかなり判断が楽になる。以前から述べている通り何かを判断するということはどんなに些末なことであっても思いの外、脳に負担がかかるのである。

 

やらないことを明確にする、ということは一度やっても損はないだろう。

 

経営コンサルティング業界の戦略

年初に「経営コンサルティング業界の未来」というエントリを書いた。
https://www.tokyo-harbor.com/entry/2019/01/02/000440

 

詳細は当該エントリを参照してもらいたいが、基本的なメッセージとしては伝統的なコンサルティング以外のサービスラインおよびデリバリーモデルが出てくるだろう、というものである。本エントリではそれに関連して、日本における経営コンサルティング業界の今後起こることが予想される仮説を戦略的な観点から述べていきたい。

 

私は経営コンサルティング業界のプロジェクトデリバリーの大半は業界/機能エキスパートが出す知見とそれらをクライアント企業の文脈に沿って統合するインテグレーターの二種類の異なる役割を持ったパートナーたちにより実行されるようになると考えている。経営コンサルティングというものが生まれてから100年程度が、日本では50年程度経っているが、業界の成熟とともにクライアント企業から依頼されるテーマの難易度は自然と上がるだろう。簡単なテーマであればわざわざコンサルティングファームに高い報酬を払って依頼する必要はない。特に昨今は元コンサルタントが相応の数いるためにそのような人材を採用して社内コンサルタントを用いて推進することもしやすくなってきている。

 

このようにコンサルティングファームに期待される課題の難易度が上がるとコンサルティングファームはそれに応じてより高度な業界・機能知見を有して提供する必要がある。ただしコンサルタントは常に一般界ではなく個別解の提供が必要であるために上記で述べた通り高度な知見を持ったエキスパートに加えてそれらを統合するインテグレーターの役割を果たすパートナーも必要になるのである。それら二種類の役割を持ったパートナーたちがチームを組んでコンサルティングサービスを提供するのである。

 

このようなモデルにおいてはパートナーが原則として状況によってそのどちらの役割も果たせる必要がある。そのためパートナーは常に専門性を磨きながらそれを提供しつつ、自分のクライアントに対しては他の専門性を持ったエキスパートの知見を統合しなければならないのである。

 

このようなデリバリーモデルは経営コンサルティング業界が最も発達しているアメリカでまずは起こり、その後は西欧でも同じようなモデルに転換していったようであり、いずれは日本でも同じ現象が起きると確信している。もちろん社長に対してシニアパートナーがカウンセリングをするという伝統的なデリバリーモデルも残るだろうが比率で見ると下がっていくだろう。

 

もし上記の仮説を真とするならば業界にはどのような意味合いがあるだろうか?私はこれの最大の意味合いは経営コンサルティング業界は規模が効くゲームに移行してきたということだと解釈している。ファームとしての規模が大きいほどファームとしての専門性が高まるのである。昔はパートナーたちが各々、自分たちのクライアントに対してサーブしており、実態としては「個人事業主の集合体」であり規模がほぼ効かないモデルとは大きく異なるのである。ただしいくら規模が大きくても1カ国で全ての知見を持てることにはならないと考えられるため、付随的にはグローバルにワンファームとして動けることがより求められるだろう。

 

これを踏まえると私自身は経営コンサルティングファームが生き残る戦略は論理的には四つになると考えている。

 

一つ目は規模を追う戦略である。規模を大きくしファームとしてはあらゆる業界・機能に対する知見を有し、それらを有機的に統合できるオペレーティングモデルを構築するのである。しかしこの規模型は現実的には既に数社のグローバルファームしか追えないだろう。特に日系のコンサルティングファームには難しい戦略である。

 

二つ目は特化戦略である。全ての業界・機能に知見を有することは難しいため戦略としては論理的には絞る、ということが考えられる。これは地域×機能で考えられる。例えば日本における消費財マーケティングかもしれないし、日本企業のPMIかもしれない。あるいは日本企業の調達費削減に特化してもいいかもしれない。これなら規模を負わなくても戦えるのである。

 

三つ目は独自サービスラインの提供である。これは特化戦略の派生系とも言えるが、これまでに存在しなかったサービス、例えばデザインや情報技術と経営コンサルティングを融合させたようなサービスラインを開発しそれを提供するのである。これも一つの特化ではあるが、既存サービスに特化した二つ目の戦略と異なり新しいサービスの開発が求められるのである。(そのためリスクも大きくなる。)

 

四つ目はコスト戦略である。文字通り徹底的にバックオフィスなどのコストを削りコストを武器に生き残るのである。ただし経営コンサルティングにおいて最も大きなコストは人件費であり、それを下げると論理的にはデリバリーの質は下がるという難しさはある。もちろん他のコストは下げるにせよ、どうしても「低品質・低単価」になってしまう。もちろんデリバリーモデルを標準化することにより品質は落とさないという方法もあるがそれは特化戦略とコスト戦略のハイブリッドとも言えるだろう。

 

以上がエキスパート+インテグレーター型が主流になるという前提を受け入れた場合の論理的な戦略である。この業界に入ろうとしている人も業界の関係者も上記を念頭においておいても悪くはないだろう。

 

ケイパビリティ

昨日のエントリを少し上位化して述べる。

 

企業のケイパビリティという概念がある。これに関する定義は経営学における戦略などと同様に案外決まったものはないように見えるが(「ケイパビリティとは組織の能力である」というトートロジカルな定義もよく見かける)、本エントリでは仮に「何らかのビジネスプロセスを効果的かつ効率的に実行するために企業が有する明示的または非明示的な手順」と定義する。その中でも競争力の厳選となるケイパビリティをコア・ケイパビリティとここでは仮に呼ぶことにする。

 

この企業のコア・ケイパビリティというものは外部からはもちろん内部からも分かりにくいものの企業の競争力に大きな影響を及ぼす要素だと考えている。例えば同じような消費財を小売店に卸している企業であっても、「ゴリゴリの営業会社」もいれば「ネットっぽい会社」もいるのである。同じ事業立地で戦うにして勝ち方は複数あるという前提を受け入れれば、何をコア・ケイパビリティの選択は各企業の判断でありーあるいは歴史的に由来するものでありー、それ自体は同じだけの価値創造を出している限りにおいては良し悪しの問題ではなく選択の問題と言えるだろう。

 

問題はコア・ケイパビリティというものはなかなか変化しにくいものであるということである。そのため外部環境が急激に変化したときにそれに応じて自分たちが得意とするビジネスプロセスが競争の観点で重要でなくなってしまうことがあり、代わりに自分たちが苦手なプロセスが重要になってしまうことがある。

 

昨日のエントリで述べた小売業においてEC化が進むことで起きている現象もそれに近い。近年、急激に伸びている会社も事業立地こそは伝統的な小売業であっても、デジタルマーケティングやECの運用などに強みを持ちそれ以外は外注するといったこれまでの企業とは全く異なる領域にコア・ケイパビリティを置いている場合も多い。このような競合に対抗するために伝統的な企業も同様のケイパビリティを強化しようとしてはいるものの、実態としては数人の担当者・部長クラスの採用と多少の予算の積み増しでお茶を濁そうとしている企業も多いように見える。

 

しかしこのコア・ケイパビリティの強化は多くの場合、競争力が表出するのは特定のバリューチェーンであったとしてもそれを実現するためのオペレーションは他のバリューチェーン有機的に繋がっている場合が多く、単に当該バリューチェーン経営資源を投入するだけでは不十分なのである。さらにはオペレーティングモデルの背景にある組織の価値観の刷新もコア・ケイパビリティを変えようと思うと必要である。ここまで踏み込んだことをせずに多少の経営資源を投入するだけでは外見は多少、「それっぽく」はなるものの実態としてはオペレーションがちぐはぐになり、まず上手くいくことはないだろう。そしてこのコア・ケイパビリティを変えることができるのは昨日のエントリでも書いた通り社長しかできないのである。

 

組織のケイパビリティはなかなか定量化が難しいものの確実に存在するものであり、またケイパビリティを獲得するのは有機的に連関したオペレーティングモデルを変更することが必要であり、それをできるのは社長だけである。

 

小売業と経営

例によって専門外の業界に関する雑感、。

 

アパレル、食品、生活雑貨、家電、化粧品といった消費者向けの商品のEC化率は年々高まっている。過去のトレンドだけでなく他の先進国との比較をしても商品カテゴリにもよるが総じて日本のEC化率は低く、国ごとの地域的な特性はあるにせよ今後も伸びていくと考えられる。

 

これまではECというと、オフライン発祥の企業であればリアル店舗の副次的な位置付けとされ、リアル店舗を補うような形であった。実際にEC比率を見てもECが進んでいるユニクロ良品計画の国内で10%未満、ヨドバシカメラで15%でありその数字を見てもネットはあくまでも副であったのである。

 

この構図が今すぐ変わるわけではないが、EC化率が過去と同じように進むと商材にもよるがいわゆるショールーミングなどの現象もより深刻となり企業は対策を打つ必要が出てくるだろう。実際にヨドバシカメラは将来EC化率を50%まで高めたいとも発言している。

 

このレベルまで到達するとECは決して「副」ではなく少なくともオフライン店舗と同格、場合によってはECが主であり、オフラインが副となることもあるだろう。また売上構成だけでなくオンラインとオフラインとの役割を見直し、両者を連携させながら価値創造を最大化する戦略の策定とそのオペレーションの構築が必要になるはずである。

 

このような流れに対応するためには「EC管掌常務取締役」のようなEC事業担当者だけでは決して務まらず、商品企画、マーケティングサプライチェーン、IT、ストアオペレーション、店舗開発といったほぼ小売全機能を巻き込んだ変革が必要となりそれができるのは社長しかいないのである。このレベルの変革は一つの事業や機能の担当者では手に負えないのである。小売業界に長く従事している関係者の話を聞く限り人によっては「今後10年で主要な小売企業の半分くらいは深刻な経営危機に直面する」と言っているような人もいる。

 

ただ一部の先進的な小売企業を除き社長がそこまでの危機意識と変革の意志を持ってEC化の流れに対して十分な施策を打ってるような企業は少ないように見える、というのが外部から見た素朴な感想である。特に小売業者は数も多いため規模の小さな企業は現状維持・改善で精一杯であり、それ以上の施策を十分に打てていないように見える。

 

先ほども述べた通り今すぐ急激にEC化が進むわけではないが、それでもこの傾向が続くといわゆる茹でガエル状態となり思ったよりも遠くない将来、経営危機に直面する企業も多く出てくるのではないかと思っている。以前にも書いた通り変化を起こすのは(そして変化を起こすのが)経営者の仕事なのである。

 

紙2001という思考装置

私は紙2001というテキストエディタを使用している。使用方法は記録装置としてだけではなく思考装置としても使用している。このいソフトは今から20年前の1999年に当時高校生であった洛西一周氏が開発した(凄い)ソフトである。(紙2001はフリーウェアでその後、紙copi Liteというフリーウェア⦅ただしユーザー登録が必要⦆と紙copi ver.2.732という有料版にアップグレードされている。)

 

このソフトのコンセプトはその名前の通り「紙の使い勝手をPC上で再現する」ことであり実際にそれは10年以上使用していて実感する。私自身新しいPCを手に入れたら真っ先にやることはこのソフトのインストールである。また私と一緒に働いたジュニアの人でもそれなりの人数がこのソフトを使っており、またその人たちと働いた別の人たちもまたこのソフトを使っていることもある。

 

このソフトの基本構成は左側のバーにはフォルダとフォルダ内のテキストファイルが表示され、残りの画面はテキストが記入できる仕様になっている。テキストもリッチテキストではなくシンプルなテキストのみで(ハイライトだけはできる仕様ではある)、1行目のテキストがそのままファイル名となりバックグラウンドで勝手に”Filename.txt”のファイルが生成される仕様となっている。これだけ書くとありふれたテキストエディタに聞こえると思う。しかし私自身はこのソフトではいくつかの点で極めて完成度が高いと思っている。

 

一つ目はスピードである。とにかく早いのである。起動もタイムラグなく一瞬で起動でき、またファイルもctrl+Sなどを押さずに勝手に変更と同時に保存される仕様になっている。(一時期Evernoteに浮気も検討したが、とにかく動きがもっさりしていてすぐにやめた。)物理的な紙でもソフトでもコンマ数秒でもタイムラグがあると案外思考と視覚情報が一致しないため思考装置としては機能しないが、スピードという点でこのソフトはとにかく優れている。

 

二つ目はショートカットの設計である。このソフトはファイル間移動、フォルダ間移動、新規ファイル作成などが全てショートカットに対応しており、かつそれらの設定がユーザー側でできる仕様になっている。これも当たり前のように見えるが、ブラウザベースのEvernoteだといくつかのショートカットが対応しておらず案外このようなかゆいところに届くソフトはない印象ではある。

 

ちなみに仕様方法としてDropBoxやBOXなどのクラウドストーレッジと連携すれば(単純にテキストファイルの保存先をクラウドに設定するだけである)クラウド対応もできる。

 

さて以上はあくまでもソフトの仕様についてであったが、以下では使用方法についていくつか述べていきたい。思考という意味では私は概念的な思考と言語的な思考に大きく分けられると思っている。そして概念的な思考ー例えば何らかのフレームワークを作る場合などーには残念ながらテキストエディタは向いておらず、そのような思考が求められるときは物理的な紙とペン、あるいはホワイトボードを使用するべきであると思っている。

 

一方で言語的な思考が求められる場合もある。特に私がテキストエディタを使うのは論点の明確化と構造化である。真の論点を考えるのは案外簡単ではなく、サブ論点を思いつくままに書き出してグルーピングおよび上位概念化したり、あるいは大論点を一文で書きそれを何回も修正するといった作業が必要となる。このような思考にはテキストエディタは最適である。人によってはエクセルを用いているがやはり思考にとっては不要な機能があったりタイムラグがあったりすることなどを考慮すると私は思考装置としては向いていないと考えている。とにかくシンプルにテキストでコンテンツに集中できる必要がある。もちろん論点だけでなくその仮説や検証方法なども書くときも同様である。(これもエクセルで不必要に構造化するよりは、単純に論点の下にインデントして書く方が一覧性もあっていい場合が多い。)

 

このソフトが思考装置である所以はほぼ上記の論点なり仮説なりの整理のために用いているためである。これは一見大したことに見えないかもしれないが、この仕事はとにかく論点を言語的に明確化することが極めて重要であるため、それをストレスなく脳と視覚が直結したような環境を整えることは必須である。特に私のように(毎日ブログを書いていることからも分かる通り)極めて言語思考が強い人間にとってはなおさらである。

 

また(最近は諸事情によりあまりやっていないが)ToDoリスト管理としても使用している。具体的にはToDoファイルを作成し「●XXXXXする」といった動詞系でToDoを列挙し、ボールが他人にあるものはタブでインデントし、インデントされていないものを一つ一つこなしていっている。作業が終わったものは「*******」で区切られた行以下に移動させている。また一つのToDoをこなす際は、そのToDoをコピーし新たなファイルを作成しその一行目(すなわちファイル名)にそのTodoを設定している。このようにシステマチックにこなすことで大分作業が効率化されるのである。

 

またメールなどの下書きも必ずこのソフトを使用している。理由は一定の確率でメーラーが落ちて作業が消えるリスクがあるためである。このソフトはそのシンプルさゆえに落ちることはまずないし、落ちたとしても毎秒保存されているのでダメージはゼロである。

 

言語的な嗜好装置にはこだわってみるといいと私はいいと思っている。

 

コンテンツ・クライアント・チーム

コンサルティングのデリバリーをする上では、特に最終責任を負う上では、私は三つの視点を持つことが大事であると思っている。それはコンテンツ、クライアント、チームである。

 

一つ目は当たり前である。コンサルタントが起用されるときは必ず解くべき課題が存在しており(案外その課題が明示的でないこともあるが)、コンサルタントはそれを解くことに責任を負っている。これは必ずしも論理的な解を出すことではない。ザ・クライアントの立場からは解が出ていること自体はあくまでも途中経過に過ぎず、最終的には利益貢献につながる必要があり、そのためにはその論理的な解が実行される、または実行が担保されている必要がある。そこまでできて(原則としては)初めてコンテンツ面で期待に応えたといえるだろう。

 

二つ目。しかし上記だけでは必ずしも十分ではない。いくら正しい解を見つけその実行を担保したとしても、それまでの過程でクライアント企業のシニアからワーキングまでのメンバーがコンサルタントと働く上で不快な思いをさせてはならず、あくまでも心地よい経験を提供する必要がある。これができないとそもそも実行が担保されないことが多く、またコンサルタントはクライアントの良きアドバイザーになれないのである。そのため結果だけでなくその過程にも目を配る必要はあるのである。もちろんクライアントに迎合する必要はなく時に意見の対立を恐れずに第三者として正しいことを主張するべきではあるが、それでも常に過程の視点も持つべきなのである。

 

三つ目。上記二点はいずれもクライアントの視点である。いくら素晴らしい過程で素晴らしい成果を提供してもコンサルタントたち、特にワーキングレベルに必要以上の負荷はかけてはならないのである。パートナー以上になると特にクライアント側の視点が強くなりデリバリーの現場の視点が構造上希薄になってしまうからこそ特にこの視点は意識する必要があるのである。(ただし傾向としてクライアントが満足をしているようなプロジェクトの場合はデリバリーの現場も満足していることが多く、逆にクライアントが不満なときはデリバリーの現場でも「炎上」していることが多い。)

 

以上三点をバランスさせることがプロジェクトの最終責任を持つコンサルタント(一般的にはパートナー)には求められるのである。