トーキョーハーバー

コンサルティングの現場から

武器としてのエクセル

私はエクセルが好きである。大好きである。エクセルを作ることは自己表現と言っても過言ではない。どのくらい好きかというとCtrl+nを押して新規ファイルを起動してまっさらなスプレッドシートが目の前に現れる瞬間にはある種の高揚感を覚えるのである。(過去の数々の不出来のエクセル、通称 糞エクセルを忘れて)これからどのような美しくエレガントな分析やモデルが出来上がるのかということに想いを馳せるとワクワクするのである。秋の早朝に朝日を見るような清々しさを覚えるのである。このように書くともしかしたらこれはウケを狙って書いていると思うかもしれないが、これは大袈裟ではなく私にとっては大真面目な話である。そのくらいエクセルを愛しているのである。

 

幸いなことの大分前から相思相愛の関係になった自負がある。もちろん今の私の職位ではエクセルをできることは自慢にならない。むしろそんなことを言おうものならば「あいつは一生アナリスト根性が抜けない」と言われるだろう。これはいうまでもなく正論ではあるが、一方でこのくらいエクセルができるとたまに自分しかできないようなプロジェクトが発生し結果として仕事を依頼されたり、大炎上中のプロジェクトに途中で入り鎮火したりすることができたりする。これはシニアなポジションになっても役に立つのである。このようなことができたからこそ仕事を依頼されたことは何回もある。社内の会ったこともないかなり年次の高いシニアパートナーから電話があり、数字関連で炎上中のプロジェクトをとにかく手伝って欲しい、と言われて急に海外のプロジェクトに参画したこともある。言い換えると(ある意味で)コンサルティングの芸風の幅が広がるのである。

 

結局のところ特にあるレベルを超えてエクセルが得意になると、平均的なコンサルタントならば数時間かかる作業が10分でできたり、あるいは全く思いつかないような分析ができたりするようになる。多少得意くらいであれば(例えば1時間かかるところを30分でできるレベルであれば)エクセル作業が効率化し労働時間がいくらか短くなるだけで質的な変化は起きないが、上記のレベルになると別次元に到達し芸風が広がるのである。

 

なおコンサルティングでエクセルを使うときは大きくは二種類の用途があることは理解するべきである。一つは分析であり、もう一つはモデリングである。これらはそもそも全く違うのでありそれを理解するべきである。分析とは何らかの比較を行うための演算であり原則として一度きりのものである。一方でモデルとは何らかのインプットに対して演算をしアウトプットを返すものでありインプットを変えることでアウトプットも動的に変わるものである。一般にIBDのバンカーはモデリングが得意である一方で分析は不得手であり、他方でコンサルタントはその逆である。(ただし全般的なレベルとしてはIBDのバンカーの方がコンサルタントよりもはるかにエクセルには秀でている。)例えばエクセルが非常に得意なバンカーであっても分析で良く使用するピボットテーブルはほとんど使ったことがない人も多い。(なお個人的には種類にもよるが分析であってもピボットテーブルはあまり使用しない方がいいと思っている。理由はレイアウトなどで自由度がないためである。)いずれにせよ、これらは全く違うものでありそれぞれ異なるスキルが求められることは理解しておいて悪くないだろう。

 

エクセルを上達したいのであれば、まずはそもそも自分がエクセルに向いているのかを現実的に理解する必要がある。残念ながら私の感覚ではエクセルに向いている人たちはコンサルタントの中でもせいぜい20~30%であると思っている。これは恐らくは先天的なものであり、短距離走が得意、映像記憶が得意、文才がある、といったのと同じようなものであると思っている。もちろん後天的にも努力すれば相応にはエクセルを使いこなすことはできるが、エクセルが武器になるくらいにはなるのは極めて難しく、またそもそもその必要もない。コンサルティングファームはチームで動くので全員がエクセルを得意になる必要はないのである。むしろ自分が向いていないと思ったら、(いくらそれを得意になりたいと思っていたとしても)下手に近寄らずにジュニアとしては必要最低限のことを習得すればいいし、マネージャー・プリンシパルは品質担保するのに必要なだけを理解すれば良い。パートナー以降はそもそも(よほど特殊な芸風でない限り)触る必要はない。大事なのは冷静に自身のエクセルの適性を見極め、あるようであれば武器にすることを考えればいいし、なければ最低限だけ習得すればいいのである。そしてこれはエクセルに触らなくても大体わかる。20数年間生きてきたならば、冷静に考えれば9割方の精度で向き不向きは判るはずである。

 

では実際にエクセルを武器にしようとした場合は何をするべきなのか。いうまでもなく関数や機能への理解といったことはあまり重要ではなく、大事なのはエクセルに関する原則を持つことと、ファイルごとに設計思想をことであると思っている。前者の原則とはエクセルを作る上で守るべきルールのことであり、これには概念的なものも含まれる。具体的なルールであれば例えばカラーコードなどは挙げられる。このカラーコードは多少エクセルを仕事で使ったことがある人であれば当たり前と思うかもしれないが、99%の人は実際には厳密には守っていないと言っても過言ではない。カラーコードなど些末なこととと思うかもしれないが、これが守られているか否かでエラーの発生率は圧倒的に異なるし、またチームで作業する際には生産性は落ちるのである

 

より概念的なことではファイルの構造を意識し、なぜこのテーブルが、なぜこの位置にあるのかを全て(文字通り「全て」)説明できる必要がある。基本的にはエクセルはテーブル→テーブル群→シート→シート群で構成されており、それらは全てある一貫した流れに沿って構成されている必要がある。また全てのテーブルは①他のテーブルで参照されるための数字を返すか、②参考情報として表示されているか、③アウトプットになっているか、のいずれかを満たしている必要がある。そのためあるテーブルがあったときにこのテーブルは何を目的として存在するのかを全て理解している必要がある。

 

またテーブルは可能な限り正規化(=同じ行・列の構造に)するべきである。これも一見当たり前に聞こえるかもしれないが、大体のエクセルはテーブルの正規化が徹底されておらず、結果として式が複雑になるのである。式に関してもとにかく簡潔にするべきである。理想的なモデルであれば(SUMなどを除けば)せいぜい引数は3-4つ程度であり、しかも大半はただの四則演算で構成されているべきである。それ以上に複雑な計算式ならば中間的なセルを設けるべきなのである。また引数も原則的にはテーブル内に存在しているべきであり、「遠くの」テーブル、あるいは(緑フォントの)他のシートから引用されるべきではない。(これも殆ど認識されていない原則である。)

 

ビジネスDDで会社の事業計画を査定し修正版事業計画を作成する場合は、①(静的な)事業計画のドライバーを炙り出す、②事業計画をドライバーを用いて動的に再現する、③ドライバーを変更して修正版事業計画を策定する、といった手順に必ずなる。そのため自分は今、どのモデル上のどのステップを踏んでいるのかを概念的に捉える必要がある。これらは例であり他にも原則はいくつも挙げられる。もちろん上達の上で大事なのはカラーコードといった具体的な原則(といってもこれを守ることは必須ではあるが)よりも概念的な原則を理解することである。これがあれば再現性が高くなる。

 

設計思想は個別のファイルを作る際にどのような流れにするのかを考えることである。もちろん上述の原則に従えば自ずと決まる側面はあるが、それでも具体化するためには詳細を設計する必要がある。慣れるまではエクセルを作る際は数字の概念的な流れとシートの構成を紙とペンで文字通り設計をする習慣を身に付けることが大事だろう。

 

またモデルを設計する際は現実的なデータの入手性も最初からかなり意識するべきである。一般の問題解決においてはデータの入手性などのHowは一旦忘れて、何を証明するべきかのWhatに注力するべきであるが、モデルの場合は現実的に一定の精度のあるデータがないと話にならないのである。いくら論理的には可能でも数字が存在しないならばロジックから見直すことも多いのである。そのためモデルを設計する段階ではデータの入手性や粒度と最終的なモデリングの目的の両面を視野に入れるべきなのである。私自身、複雑なモデルを設計する場合は数字の計算ロジックやテーブル・シートの設計などに数時間を費やすこともある。

 

ここに書いたことはあくまでも例であるが、言いたいことはエクセルに適性のある人が正しい原則と設計思想を持って概念レベルでエクセルを考えられるようになると一つの武器になると思っている。最初にも述べた通り基本的にはエクセルは些末なスキルではあり、経営コンサルティングの本質からは程遠い。しかし一定レベルを超えるとそれなりに職位が上がっても「飯の種」になると思っているのである。

 

経営コンサルティングという職業の魅力

以前にプロフェッショナルファームで働くことの外形的な魅力に関するエントリを書いたが、考えてみると外形的「でない」魅力に関しては書いていなかった。そこで本エントリでは経営コンサルティングという職業そのものの魅力に関して述べていきたい。もちろん、これはいうまでもなく私個人が感じる魅力であり、必ずしも全員に当てはまるとは限らない。あくまでも一つの意見として読んでいただきたい。

 

私自身はこの仕事を短いとは言えない年数を行ない職位も相応になってきたが、ここまで飽きもせずに楽しく仕事してこれた最大の魅力は知的に面白ということが挙げられる。経営コンサルティングファームに依頼されるような「お題」はその出自からほぼ間違いなく難しい課題であり、それ故にそれを解く支援をすることは知的に刺激的なのである。

 

もちろん中には社内政治的な事情から第三者の意見として経営コンサルティングファームに依頼されるような仕事はゼロとは言わないが、このような社内政治に高額のプロフェッショナルフィーを払えるような余裕のある企業はほとんど存在しないと言っていいだろう。また良く言われる「高級文房具」型のプロジェクトもファームによっては存在するだろうが、伝統的なフィー体系ではこのような高級人材派遣型のプロジェクトは費用対効果が見合わないことが多い。コンサルティングのテーマの領域拡大とデリバリーモデルの多様化は起きているがそれでもなお経営者に対して経営ないしは戦略に関するアドバイザリーを提供する伝統的なプロジェクトは存在し続けているのである。少し話が逸れたが(高い費用を掛けて)外部の支援を必要とするくらい難しくかつ経営にとって重要なテーマを解くのは純粋に知的に面白いのである。私自身の経験でも戦略プロジェクトなどで「問題が解けた」と思える瞬間はありその瞬間は何とも言えない知的な興奮を覚える。またそれをもってクライアントである経営者と議論することは中毒になる面白さがある。

 

このように私は経営コンサルティングの仕事は知的に面白いと思っているが、同時に単に刺激的なだけでなくそれが目の前のクライアント企業そしてその経営者に役立っていることにはやりがいを感じる、というのがもう一つ私が感じている魅力である。決して独りよがりの知的マスターベージョンなのではなく、我々の提言がクライアント企業の意思決定に直接的、間接的に貢献していることが感じられるのである。当たり前ではあるが、アドバイザリーはクライアントが存在しないとできない行為であり、クライアントは何らかの課題を抱えているのである。もちろん中には課題が明示的でなく、我々も課題設定をするところから支援する場合もある。ただ何であれコンサルタントはクライアントの課題を解決するのが仕事であり、主語はあくまでもクライアントなのである。

 

我々との議論を通じて経営者に対して何らかの示唆を提供できたり、我々の提言が実際に経営判断に結びつき組織内でのアクションにつながり、結果として業績が良くなったりするのを見れるはやはりこの仕事の醍醐味だと思っている。私自身の経験からも「今の会議での議論は経営判断に繋がった」と確信を持てる瞬間がある。これは上述の問題が解けたときとはまた別の種類の興奮を私は覚える。そして先ほども述べた通り経営コンサルティングファームには「難しいお題」であるが故にそれが解決した場合には大きな付加価値を出したといえるだろう。(だからこそ絶対額としては高いコンサルティングフィーが正当化できるのである。)

 

長々と書いたが私自身、経営コンサルティングという仕事の魅力は①知的に刺激的なこと、②クライアントへの貢献を実感できること、の2点が大きいと思っている。(もちろんこの他にも外形的には以前にも書いた通り魅力はあると思っている。)

 

スタートアップの方法論に関する雑感

スタートアップのコミュニティを見ていると、この世界には独自の手法が確立されるように感じられる。本エントリでは素人なりにこの手法に関する意見を述べていきたいと思う。なお私自身はスタートアップやVCで働いたことはないし、もちろん起業したこともない。(会社を設立したという意味ならあるが、これはほぼ登録だけの世界である。)またコンサルティングの文脈で新規事業支援なども行ったことはないため、本エントリの内容もあくまでも伝聞と想像の範囲内で書かれている思って欲しい。

 

スタートアップの世界で見かける用語の中には(関係者には当たり前であっても)外部から見ると独特に見えるものがある。例えばVCから資金調達する際には「ペイン」「プロダクト」「ビジネスモデル」「トラクション」などといった形で自分たちが実現しようとしている事業の説明をすると理解している。この中でも「ペイン」や「トラクション」などは大企業にいると(ネットの世界は別かもしれないが)あまり聞かない用語であるように聞こえる。(またこのような概念を入れて説明しないとVCは話を聞いてくれない、という話も聞く。)「ペイン」に関しては「大企業用語」では顧客ニーズという概念に包含されていると思うが、ニーズではなくペインと表現するのは後者の方が顧客にとってより差し迫った課題であり、従いビジネスに結びつきやすいためだと想像している。(他にも理由があるかもしれない。この辺りは詳しい方の意見を聞きたい。)「トラクション」はスタートアップコミュニティ独特であると思っている。直接的な意味は牽引力、推進力のことである本文脈ではどれだけ顧客獲得ができているのか、というような意味で用いられている。資金調達のプレゼンでは「本サービスの現時点のトラクションはXXXXです」などといった表現をしているようである。

 

また各資金調達ラウンドでもしっかりとしたスタートアップであれば「このラウンドではプロダクトのプロトタイプをローンチする」「このラウンドではローンチしたプロトタイプが顧客(数社)に受け入れられることを証明する」「このラウンドでは営業パートナーとしてXXXと組めないのかを検証する」などといった具合に明確に何をするのかが定義されている印象である。

 

言い換えると規律が効いた方法論になっているのである。これらはいずれもビジネスとしてば当たり前といえば当たり前ではあるが方法論として比較的体系だった形になっていると考えられ、これは(少なくとも日本では)ここ10-15年で生まれてきたように見える。少なくともも2001年のドットコムバブルの頃にはなかった、あるいはここまで普及していなかったのではないだろうか。

 

この要因は様々ではあろうがVCを中心としたスタートアップコミュニティのプロフェッショナル化が進んできたことは挙げられるのではないかと考えている。コンサルティング投資銀行、PEファームなどと同じように高度な手法がVCファームにも蓄積されそれがスタートアップ側にも伝播してきているのではないだろうか。また起業経験があるいわゆるシリアル・アントレプレナーと呼ばれる起業家たちも増えてきたため、方法論が確立されてきたことも挙げられるだろう。

 

最近では高度なテクノロジーをほとんど用いない(せいぜい自社ECサイトを用いる程度)小売や飲食といったスタートアップでも、このスタートアップ的な手法を用いて「テックっぽい」運営をし、従来よりもはるかに短期間で事業を拡大してきたスタートアップも散見される。これもひとつの解釈としてテクノロジー分野を中心に確立された方法論の有用性を傍証しているのではないかと私は考えている。

 

またPMF (Product Market Fit)という概念が用いられることも見方によってはこの方法論の有用性を間接的に示しているのではないかと考えている。PMFと書くと何だかとても高度な概念に聞こえるが、これは要するに「当該製品が受け入れられる市場があるのか?」という商売としては古典的な問いでありある意味当たり前の概念である。しかしこれらの概念がわざわざPMFという表現をされるのは、PMFが検証される前の段階にあるスタートアップであっても資金調達ができるため、調達後には必ず(商売としては当たり前であるが)PMFが検証されなければならない段階をくぐり抜ける必要があるため、このような用語が生まれたのだろう。このようにPMF検証前のスタートアップでも資金調達ができる理由を「VCのカネ余りによるものだ」「テックバブルだ」といって片付けることもできるかもしれないが(そしてその側面はあるように思える)、スタートアップの方法論が確立したためPMF検証前のスタートアップに投資をしてもリターンが見込めるようになったため、という側面もあるのではないかと考えている。

 

このようにスタートアップコミュニティで築かれた方法論は大企業にとっても学ぶところはあると考えている。もちろんこの方法論はあくまでもスタートアップのための方法論であるため、中には大企業が真似できないものもあるだろう。圧倒的な熱量・野心を持った個人がいることや上手くいけば莫大な経済的報酬が得られることが一般的であるスタートアップの世界と良くも悪くも大企業の勤め人が行う新規事業の違いは大きい。そのためこの方法論の中には大企業は参考にしない方がいいものも間違いなくあるだろう。しかしそれでも新規事業を中心に大いに学ぶところはあると思っている。

 

そんなことをスタートアップコミュニティにいる友人たちを見て思ったのである。

 

経営コンサルティングの専門性

新卒で経営コンサルティングファームに入社した人、あるいは新卒ではなくても3−7年程度大企業でさまざまな業務に従事した人の一定の割合の人は「専門性」を持っていないことにある種のコンプレックスのようなものを持ち、「〜の実務」といった類の本を読み始めたりして「専門性」を身につけようとするのである。私自身もそれに近いことをしようとした時期もある。もちろん何らかの実務を知っていることで経営コンサルティングにおいて役立つこともないわけではない。しかし私はこれは基本的には悪手であると思っている。本エントリでは経営コンサルティングの「専門性問題」に対する私自身の考え方を述べていきたい。

 

経営コンサルティングファーム (ここではマッキンゼー やBCG、ベイン、あるいはATカーニーなどのファームを想定)に対して「専門性はあるか?」と問い合わせたら、間違いなく「当社はあらゆる業界・機能に対する深い知見(すなわち専門性)を有しており、クライアント企業に対して専門性に裏打ちされた最適なアドバイザリーを提供する」と公式には答えるだろう。各ファームのホームページを見れば、大手のファームであればいずれも「専門的な知見」を有していることをこれまでかとばかりに述べている。つまり経営コンサルティングファームに「専門性」はあるか、という問いに対しては「専門性はある」というのが答えなのである。そしてこれは決して誇張ではないと思っている。

 

しかしこの「専門性」ということを考える上ではいくつかの留意点がある。まずはファームとして「専門性」を有している、ということには注意が必要である。特にここ10-15年くらいでかなり経営コンサルティングファームは様変わりしており、大半のファームは「専門性」なくしては最良のアドバイザリーは提供できないと考えており、そのために「専門性」に対する投資を行ってきていると私は認識している。しかしこれはあくまでもファーム単位の話であり、一人のコンサルタント(パートナーであってもノン・パートナーであっても)の話ではない点にまずは留意が必要である。当たり前ではあるが一人の人間が深められる知見には限界があり、常にその人が持つ知見にドンピシャの依頼が来るわけではない。むしろドンピシャの依頼などまずない。そのため現代のコンサルティングファームの基本的の動き方はチームを組んで「専門性」を組み合わせて価値あるアドバイザリーを提供することにあるのである。ここでいうチームというのはいうまでもなくアナリスト〜パートナーまでのチームのことではなく、プリンシパル・パートナークラスでのチームのことである。このようにチームを組むことでファームとしてのシナジーを生み出すことで、単なる「個人商店の寄せ集め」以上の価値を生み出すのである。

 

これは言い換えるとチームとしては「専門性」を持っていてもコンサルタント一人一人は必ずしも当該プロジェクトのテーマに関する「専門性」を全て持ち合わせていない、とも言える。例えば工作機業界の海外販売戦略を立案するのであれば大きくは業界に関する知見とセールス&マーケティングという機能に関する知見は求められるし、また機能の中でも当該地域における知見が求められる。また業界知見の中でも当該クライアント内部のことを理解している必要もある。これらのテーマを全て一人のコンサルタントでカバーできることはないためチームを組むのであり、このチームの中には「当該地域の販売戦略」の知見は有していても、当該クライアントのことはあまり詳しくないコンサルタントもいるかもしれないし、その逆のコンサルタントもいるだろう。私自身も提案の中で場合によっては「私はXXXXという機能に関しては相応の知見を有していますが、XXXXという業界に関しては全くの素人です」と明確に言うこともある。(もちろん続けて「XXXXという業界に関する知見は別のXXXXが担保します」と述べる。)クライアント企業としてもそれで問題ないのである。

 

チームとして「専門性」を担保する、ということに加えてもう一つの留意点としてここで述べる「専門性」とはあくまで「経営コンサルティングにおける」業界なり機能の「専門性」のことである。必ずしも当該業界なり機能に従事し続けて得られる「専門性」とは同じとは限らないのである。むしろ当該業界や機能に従事して得られる「専門性」と経営コンサルティングという文脈における業界や機能の「専門性」が同じであれば経営コンサルティングファームの「専門性」にはほぼ価値がないだろう。経営コンサルティングファームは当たり前だが経営のコンサルティングをすることを生業としているのであり「専門性」も経営コンサルティングにおけるものなのである。見方を変えると当該業界や機能に深い知見がある人が経営コンサルタントとして価値を出せるかと言われれば必ずしも出せるとは限らず、逆に経営コンサルティングにおける「専門性」を有している経営コンサルタントが当該事業を担って価値を出せるかと言われればその限りでもない。業界・機能に従事をすることと経営コンサルティングに従事することは同じではないのである。(もちろん大企業の元CEOクラスが外部アドバイザーとして価値あるアドバイザリーを提供することもある。ただしこれも現代の経営コンサルティングファームが提供するアドバイザリーとは性質が異なる。)

 

結局のところ経営コンサルタントが持っている、ないし持つべき「専門性」は経営コンサルティングという文脈における「専門性」なのである。そのため業界・機能に従事した人からすると当たり前のことでも中には当該業界・機能に「専門性」を持った経営コンサルタントは知らないということも場合によってはあるのである。特に実務よりのことで知らないことはあったりする。しかしこれは決して経営コンサルタントに「専門性」がないのではなく、経営コンサルティングにおいては必ずしも必要ではない知識なのである。経営コンサルタントが有している「専門性」は経営者に対するアドバイザリーを提供するにあたって当該業界・機能をどのように解釈するのか、あるいはどのような経営上の論点が浮かび上がるのか、それを経営者としてはどのような解を出すべきなのか、といったことに対するものなのである。これは当該業界・機能に従事していても必ずしも身につくものではない。あくまでも経営コンサルティングを通じて身につくものなのである。

 

もちろんコンサルティングファームの中には当該業界・機能に長く従事して得られた「専門性」を持っておりそれを経営コンサルタントとしての「専門性」に変換してアドバイザリーを行っている人もいる。コンサルタントは大別するとジェネラリスト型とエキスパート型に分かれ、前者は(得意な業界・機能は持っているものの)どちらかというとクライアント企業の文脈を理解しているタイプのコンサルタントであり、後者は経営コンサルティングファームに入る前に業界・機能の経験が長いコンサルタントである。日本ではどのファームもまだジェネラリスト型が多いが、より経営コンサルティング業界が発達した国ではエキスパート型が日本よりもはるかに高い。

 

このように経営コンサルタントの「専門性」を捉えたとすると経営コンサルタントは「専門性」を磨くためには何をするべきだろうか?ジェネラリストトラックのコンサルタントであれば少なくともプリンシパルくらいまでは「〜の実務」といった類の知識はほとんど身につけなくていいと思っている。もちろんオペレーション改善などをテーマとした個別プロジェクトにおいては場合によってはある程度実務的なことも理解するべきである。しかしこれはあくまでもコンサルティングサービスを提供するうえでアソシエイト(ここではノンパートナーの意味)が知っておくべき最低限の知識という位置付けであり、間違ってもそれが付加価値の源泉であると思うべきではない。実務を担っているクライアント企業に実務の専門性で上回ることは論理的には不可能なのである。また現実的にアソシエイトがせっかく「専門性」を身につけても当該業界・機能を再び手がけることはないかもしれないのである。そのため、業界や機能が定まらないうちは経営コンサルティングにおける「専門性」を身につけることを主眼に置くべきであると思っている。

 

しかし幸か不幸か経営コンサルティングの「専門性」というものはなかなか身につかないと私は思っている。少なくともそれらがまとまった本などはあまり存在しない。(そしてこれはいちコンサルタントとしては幸いなことだと思っている。もしもこれが本などで完璧にまとまっていたとしたら私の商売は上がったりである。)そのため出来ることといえば、
①ビジネスの常識を身につける
②経営課題という文脈で情報に触れる
③経営課題に関して自分なりの見解を構築する
ことであると思っている。

 

一つ目は日経ビジネスなどをしっかりと読むことなどが挙げられる。私自身は20歳のころからほぼ欠かさず日経ビジネスは7割方は読んできたし、今でも印象に残っている記事であれば22歳くらいの頃に読んだ記事をある程度思い出すこともできる。少なくともこのようなことを続けていればビジネスの常識は身につくだろう。二つ目は大事なことはアンテナの貼り方である。経営者の本を読むのでも講演を聞くのでもいいしネット記事を読むのでもいいだろう。大事なのは企業や経営者はどのような経営課題に直面し、それらをどのように解決したきたのか、というレンズで情報を見ることである。そして最も大事なのは三つ目だろう。①、②はあくまでも知識であるが、それよりも考える力を身につけることの方がはるかに大事なのである。有名な話ではあるが大前研一氏は通勤中の電車で企業の広告を探しその企業の課題を考えるという訓練を毎日続けたと述べている。このように自分なりの見解を身につけることが何よりも大事なのである。これはもちろん、いうまでもなくこれはロジカルシンキングといった思考術の本を読むことではない。(もちろん一度は読んでおくべきではあるが。)

 

以上はアナリストからマネージャーくらいまでであるが、マネージャーからプリンシパルくらいになると少し話が変わってくると思っている。これくらいの職位になるとジェネラリストトラックのコンサルタントであってもある程度業界と機能それぞれで一定の「専門性」を持つことが求められる。そのためそれまでのような経営課題全般に関する見方を身につけるだけでなく業界・機能に関する知見を意識的ー戦略的にといってもいいかもしれないーに身につけるべきである。ここでもあくまでも経営コンサルティングにおける「専門性」であるので実務などの知識は原則としては必要ではないが、それでもアソシエイトの頃よりはもう少し細かい知識も身につけることを意識するべきだろう。

 

少し長くなったが経営コンサルティングに従事しているのであれば「専門性」に関しては以上のことを意識するといいのではないかと思っている。

 

2019年の総括と2020年の抱負

新年なので少し2019年の振り返りと2020年の抱負を少し書きたいと思う。

 

昨年の初めには2019年の抱負は原則とし「これまでやってきたことを重ねる」ことであり、目標としては概ね以下の通りであった。(どれも客観的に測定できるほど厳格な目標とはしていない。あまりガチガチに設定すると疲れてしまう。)

●短期的な成果を挙げる(想定していた案件を確定させる)
●長期的な成果を上げるための道筋を具体化する
●人的体制の強化
●意識的に勉強をする
●社外の人ともう少し積極的に会う
●月100kmを目指して走る
●ブログを毎日書く

 

最初の三つが仕事関連である。一つ目は達成した。これはある具体的な案件が念頭にあったがこちらは無事に依頼され、それなりにクライアント企業から満足してもらったと思っている。今は少し継続に関する議論をしているところなのでこちらは今年、何らかの形で実現したいとは思っている。

 

二つ目も感覚的には八割方達成したと思っている。当初の想定とは異なっているが2019年にあるほぼ新規のクライアント企業と関係を構築し複数のお仕事をさせて貰う機会があった。またこの企業とお付き合いすればするほど我々として支援できる領域は広そうに見え、実際に複数の議論が既に生まれているのでこのクライアント企業とは長いお付き合いになりそうだし、またそうしたいと思っている。そのため当面はこのクライアント企業を第一優先にしようと考えている。特にいくつかこれまでとは異なるテーマに関してこのクライアント企業と議論をしていきたいと思っている。

 

三番目は半分程度といったところだろう。今年は私より一つ低い職位の人と多少意識的に仕事をするようにし相互補完的な関係を築けたと思っている。そして多少はこの同僚のプロフェッショナルとしての活躍に貢献できたと思っている。また(おそらく)互いに仕事はしやすいと思っている。ただしこの人以外はあまり私自身がやりたいことには巻き込めなかった。特に第四四半期はこの同僚と一緒にかなりの仕事をしたが、その過程で一定職位以上の人材が明らかに不足していることを実感した。この辺りは強化しなければならない。

 

これまでは目標に対する実績であるが、総括として2019年は私にとって良い年であったと思う。少なくとも上記の三つの目標は概ね達成し(特に二番目を達成できたことは良かった)それ以外にも色々と自分の中でポジティブな出来事もあった。特にこれまでとは全く異なる提案の方法を身につけたのは良かった。(この提案書での受注率は今のところ100%である。)

 

一方で失敗・反省もある。自分の中では明確に3回の失敗を2019年にはした。どちらも最終的には大事には至らなかったが、やはりリカバリーの過程は決して楽ではなく、大いに反省するところはある。このうちの2回に関しては明確な要因もあるので、流石に同じ失敗は3回はやらないようにはしたい。もう一つの失敗も今振り返ると色々と雑な対応をしていたと反省している。

 

意識的に勉強をする、ということに関してはあまり達成できなかった。これは要因はやはりもう少しテーマや具体的な行動に落とし込めていなかったのが敗因だろう。ここに関しては2020年こそ、年初に時間を作り考えたいと思う。

 

人を会うことに関しては50点といったところだろうか。多少は意識的に自分なりのテーマを決めて人に会い、いくつかの点で面白い議論はできたと思っている。これも引き続き行っていきたい。

 

ランニングに関しては結局、昨年同様、月80km程度である。やはり時期によってアップダウンがあった。今年こそ100kmは目指したい。

 

ブログに関しては11月半ばまで、つまりブログを始めて丸一年間は毎日書いたがその後はネタ切れなどもあってしばらく書いていなかった。稚拙な内容もあったが中には自分の思考を深めるきっかけになるエントリもあり思考の整理にはなっていたのでこれは続ける意味はあったと思っている。一方でやはり負担も一時期は多かったのも事実である。そのため2020年はもう少し頻度を落とし、不定期に書いていきたいと思っている。

 

この他に2019年には二つほど面白い趣味の活動を始めた。これは完全な趣味ではあるが、ビジネスにも近い領域であり単純に非常に面白い活動であり日常に刺激が生まれた。これはかなり息の長い趣味になりそうなのでどちらも楽しみながら続けたいと思っている。

 

上記からも分かる通り2020年も2019年同様に原則として同じ方向で活動をしていきたいと思っている。ここに書いたことが達成できていれば上出来だと考えている。

 

乱暴者

少し前に少し変則的なチームでプロジェクトをすることがあった。100%アサインされているメンバーは皆とても優秀であるが経験が浅かったため、私自身は普段よりも(といっても普段もかなりデリバリーの内容は細かく見る)細かくチームに対するガイダンスを出していた。具体的には相当細かい作業レベルまで落とし込んだガイダンスを出していたのである。

 

ある報告会の数日前に別件でしばらくチームと時間を過ごしていなかったその間にチームメンバーの一人(仮にAさんとする)がもともと想定していなかった分析を実行し、その結果に関する議論を始めたのである。最初にその分析をAさんがし始めたときは正直なところ「報告会まで時間もないのでまずはチームで合意したことを終わらせようよ」と思ったしそれは私の態度に出たし、またそもそもAさんもそのような反応をすることは予想していた節があった。

 

ところがよくよく話を聞いてみるとこのAさんが中心となって行った分析は粗かったもののチームとして見落としていた重要な論点を浮かび上がらせていたことが明らかになったのである。そして報告会まで時間がないギリギリのタイミングでこの論点が浮かび上がったのはとても幸運なことであり、いうまでもなくそれはAさんの貢献によるものであった。

 

Aさんがこのようなことが出来た背景には、(彼がとても優秀であることは大前提としてあるが)過去にAさんと私は働いたこともあり互いに信頼関係ができたことがあると思っている。自分自身で考えてある種のリスクを取ってチームで合意したことと違うことをやっても説明責任さえ果たせれば問題ないと思っていた節があるのである。実際に以前にもAさんが例によって独断である分析をしたが壮大な空振りで終わったが特に私がネガティブな反応を示さなかったこともある。

 

ただこの件は私自身にとって一つの問題意識を気付かせてくれたと思っている。私は特に初めて働くメンバーに対しては「私が出したガイダンスは無視してもいい。そうではなくその背景にある意図を理解し状況に応じては(説明責任は生じるが)無視しても構わない」と言うようにしている。これによって本件のようなことが起きやすいように自分なりにしていたつもりであった。しかしこの件があってから、上記のように言うだけでは不十分である気がしてきたのである。

 

結局のところ、このような言い方だけではAさん並みに優秀でかつ信頼関係ができている人しかこのような動き方をしないのである。そしてそのような人はなかなかいないのである。チームに対しては「リスクを取ってガイダンスを無視していい」と言うのではなく、「積極的に上記のようなリスクを取るべきである」とまで言うべきなのである。もちろん過去のAさんのように空振りもこれによって起きやすくなるが逆にホームランも出やすくなり、おそらく期待値的にはプラスになるはずであると考えられる。また作業設計的にも一定の空振りとホームランが出ることを前提にしておくべきなのである。

 

私自身はチームに対するガイダンスはかなり細かいところを含めてかなり筋がいいと思っているし、そのように言われる。しかしなまじガイダンスが正しい分、チームとしては知らず知らずのうちに「アイツのガイダンスをこなしていれば問題ない」と思われてしまうリスクがある。これでは私の能力以上の成果は出ないのである。しかしチームで働く以上はそれでは不十分であり、私の能力を超えたものも出さなければならないのであり、そのためにはAさんのような「乱暴者」が強引に新しいことを環境を作り上げなければならないのである。それでこそチームとしての成果を最大化できるのである。

 

ジュニアなメンバーは(シニアメンバーとの信頼関係にもよるが)リスクを取ってときには「乱暴者」として強引に動くこともするべきなのである。そしてシニアなメンバーはそのような「乱暴者」が出てきやすい環境を積極的に作るべきなのである。

 

そんなことを本件から学んだのである。

 

レビューではなく議論

コンサルティングファームでの社内会議の典型の一つにマネージャー以下のチームとパートナー(場合によってはプリンシパル)クラスとの打ち合わせがある。多くの場合は近い将来開催されるクライアントとの報告会のドラフトをチームが作成し、それに対してパートナーが反応する、といった形式である。そのため「パートナーとのレビュー」や「パートナーからインプットを貰う」といった表現をする。

 

この形式の会議がコンサルティングファームで開催される背景には一定の合理性はあるのは理解しているが、個人的にはこの「レビュー」形式はあまり望ましい会議ではないと考えている。より正確には、これが一つの理想形とするべきではないと私は思っている。というのもこのような形式ではどうしてもチーム対パートナーというような構図が出来上がり、結果的に心持としてチームがパートナーからレビュー(なりコメントなりインプットなり)を貰うという一方通行の構造になってしまうためである。もちろんレビューにおいてもパートナーのコメントに対して必要に応じて反論したり議論したりすることもできるが、レビューという心持をしていると一方通行になってしまう。

 

あるべきは(チームが準備したファクトや分析結果を基に)パートナーとチームが職位に関係なく議論をし、その議論を通じてインテリジェンスを練り込むことである。もちろん練りあがったインテリジェンスの結果として資料の修正箇所も出来上がるが、それは副産物のようなものであり主目的ではない。良質な社内会議を思い出すと、参加者が共通のファクトや分析を見ながらそれぞれの見地から考えを交わらせることで共通見解が出来上がるのである。そしてその後。出来上がった見解をシニアクライアントに届けることで、それが価値に繋がるのである。

 

言い換えるとレビューでの目的は心持としてレビューを受け修正箇所の指示を貰うことであるのに対し、目指すべきは議論を通じてインテリジェンスを練り込むことであり、その副産物として修正箇所を自ずと浮かび上がらせることだと思っている。

 

社内会議をするときはそのような心持ちをするべきだと思っている。

 

ボクシングが社会人には最適なスポーツである理由

仕事とは関係のない話。

 

私は20代まではほぼ一切運動をしてこなかったが、20代後半からふとボクシングを始めた。最近はあまりジムには行っていないが一時はそれなりに真剣に取り組んでいた時期もある。仕事をしているときも多いときは週4くらいでジムに行っていたりもした。個人的にはボクシングは実は多忙な社会人には最適な運動ではないかと考えている。理由は四つある。

 

一つ目は有酸素運動的な要素(ステップやシャドーボクシングなど)と筋トレ的な要素(サンドバッグを殴るなど)が合わさってカロリー消費上はランニングや水泳に匹敵するという点である。

 

二つ目はゲーム性があること。ランニングや水泳は確かにカロリーは消費するが、どうにも飽きるのである。一方でボクシングは自分のパンチやステップが上手くなるのが日に日に分かるため単純に楽しいのである。また50%程度の力で打ち合うマスボクシングや対面シャドーボクシング(向き合って相手にあてずにタイミングだけ計るシャドーボクシング)などはゲーム性が更にあり面白い。

 

三つ目は一人でできることである。テニスやサッカーなどは周囲との予定を合わせるのが難しいため、実質は運動というよりは交流の要素が強いだろう。

 

そして四つ目は好きな時間にできることである。合気道や柔道などは大抵レッスンに時間があるが、ボクシングだとジムに好きな時間に行き、好きなだけ練習できるのである。

 

以上のような理由から私はボクシングは社会人には最適な運動だと思っている。どの街にもジムはあるのでぜひ一度試してほしい。

 

パートナー目線

以前にも少し昇進シリーズの中で述べたことであるが、マネージャーからプリンシパルに昇進するにあたって重要なのはプロジェクトデリバリー以外の活動にも積極的に関わることである。アナリストとアソシエイトは原則としてプロジェクトに100%アサインされ、またマネージャーも同様に、また50% x 2でアサインされるためプロジェクトのデリバリーさえしていれば問題ないと考えがちである。

 

しかしコンサルティングファームでは基本的には職位が実質に追いつく形となっているため昇進の手前では次の職位で担当するべきことを行なっている必要があり、マネージャーの場合はデリバリー以外の活動を行なっている必要がある。

 

このデリバリー以外の活動は知見の構築なども挙げられるが、やはり本丸はアカウントとピッチ、つまりクライアント企業との関係構築と提案活動である。これらはパートナーが主体となって行う活動であるためマネージャーであってもパートナーの目線を持つことが求められるのである。(もちろんアナリストのうちからもパートナー目線は持つべきだが、それは理想論であり現実的ではない。)またデリバリーと異なり何かアサインメントが存在するわけではなく、各個人の自由意思で他のパートナーやプリンシパルと組んで行うものであり誰かに言われて行うものではない。

 

一方でマネージャーはデリバリーの現場を回すために忙しいのである。しかし忙しいからと言ってデリバリーだけをやっているといつまで経っても次の職位で行うべき活動を担うことはなく結果的に昇進しないのである。

 

マネージャーからなかなか昇進しない人たちを見ているとどうにもこの辺りを履き違えて、デリバリーを回すことだけを考えているように見える。あるいは提案書などの機会があってもそれを断ったり、最悪の場合は引き受けた上でやっつけ仕事をして周囲の信頼を失っていることが多い。(あくまでも自由意志で行う仕事であるため忙しいなら中途半端に引き受けず、断るべきである。断ること自体は悪いことではない。)そして徐々にパートナやプリンシパルから提案や関係構築のための活動にも声を掛けられなくなるのである。

 

マネージャーからはデリバリーを回すだけでなくプロジェクトを超えたクライアント企業の課題を考え、その支援を提案していくパートナーの目線を持つべきなのである。

 

プロダクト以外

エバーノートの創業者は以前に「インターネットの時代においてはいいプロダクトさえあれば自ずと広まるのでとにかくプロダクトに集中するべきだ」といった旨の発言をしていた。一方でハーバードビジネススクールマーケティングの教授は「Good product is not enough」と述べていた。

 

もちろんプロダクトの性質によっても異なるだろうけれど私自身は考えとしては後者である。どんなにプロダクトが良かったとしても大半の場合、それだけでは不十分であると思っている。それはプロモーションかもしれないしチャネルかもしれないがやはりプロダクト以外にも戦略的な変数は多くの場合存在する。

 

消費財などでは(プロダクトやプロモーションも大事だが)棚の確保は極めて大事である。これは言い方を変えると「いい棚さえ抑えられれば多少プロダクトが悪くても売れる」とも言える。これは雑な考えではあるがいい棚を確保すれば確率論的に売れる側面があるために、プロダクトやプロモーションにお金を掛けるよりも棚確保にお金を掛けた方がいい場合もあるだろう。もちろんいい棚を取るためには製品そのものが良くないといけないが、場合によってはそれだけではない。棚で映えるだけのSKUを揃えることであったり、在庫を持つことであったり、正しい購買担当者に営業することだったり、といい棚を確保するためにはプロダクトだけでは解決しない側面も多い。

 

どうしてもプロダクトに目がいきがちだが、プロダクト以外の要素にも目を配るべきなのでる。